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今夜のデートは高級フレンチレストランでフルコース。前菜からスープ、魚料理、肉料理、デザート・・・大きなお皿に少しずつ、順番に運ばれてきます。どれも美味しくいただきました。そんなに満腹でもないし、まだ食べられそう。ところが、お店を出たあとになって、あれ、思ったよりもお腹が苦しいな、と感じた経験はないでしょうか?

実はこの時、お皿のサイズと料理の比率によって脳が勘違いを起こして、実際に食べた量ほど満腹感を感じない、いわば「錯覚」が起こっているのです。

このような錯覚の仕組みを利用して、無意識のうちに満腹感をコントロールし、簡単にダイエットができるシステムを作りました。僕自身、美味しいものを食べることが好きです。気をつけないと、食べ過ぎて太ってしまいます。そこで、楽をしながらダイエットができないかと、バーチャルリアリティ(VR、人工現実感)やオーグメンテッドリアリティ(AR、拡張現実感)の研究をする中で作ったのがこちらです。

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テーブルの下から画像を投影して、バーチャルなお皿のサイズを自在に変えられます。

テーブルの上にお皿の映像を自在に投影するシステムです。テーブルの上に食べ物を置くと、自動的にお皿を光で表示します。高級レストランの大きなお皿から、近所の定食屋さんの小さなお皿まで、どんな大きさのお皿でも再現することができます。

このシステムを使い、お皿のサイズが変わると食べる量がどのくらい変わるのか、実験をしてみました。高級フレンチにならえば、お皿が大きくなるとあまり満腹感を感じずにたくさんの量を食べられるはずですね。逆に、小さなお皿だとすぐにお腹がいっぱいになると期待できます。

21歳から25歳までの男性13人、女性3人を対象に、満足するまでチーズを食べ続けてもらう実験をしました。映像で投影するお皿の大きさは、小サイズ(直径15センチメートル)、中サイズ(直径20センチメートル)、大サイズ(直径30センチメートル)の3パターンで、おかわりはいくらでも可能です。

その結果、チーズを食べる量は、本人が気づかないうちに変化していたのです。中サイズのお皿で食べた量と比較すると、小サイズでは平均1.6%少なくなり、大サイズでは平均3.5%も増えていたのです(事前に健康状態など食事量に影響を与える問題がないことを確認した上で実験を行いました)。

このシステムの便利なところは、食べながらお皿のサイズを変えられる点です。「食べて減った料理の量に応じて、お皿のサイズも小さくなっていったら、すぐに満腹感を感じるのではないか?」と考え、今度は“縮むお皿”の上でパスタを食べる実験を行ってみました。ただし、テレビを見ながら「ながら食べ」をして、お皿のサイズが変わったことに気づかないよう工夫しました。その結果、食べても食べても常にお皿いっぱいのパスタが目に入り、残りの量が減っていないように感じられ、通常のお皿のサイズで食べるよりも早く、満腹感が襲ってきました。

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上列と下列と比べると、内側の円の大きさは変わって見えませんか?

ここで起きた錯覚を詳しく見ていきましょう。周囲を大きい円で囲まれた同心円は小さく見え、周囲をほぼ同じ大きさの円で囲まれた同心円は大きく見えるという「デルブーフ錯視」が影響しています。これは、ベルギーの哲学者デルブーフが発案したことからこのように呼ばれています。過去の研究では、この錯視の効果によって、お皿の大きさを変えると、その上に乗っている食べ物が同じ量だとしても、10~12%ほど量が変わって感じられることがわかっています。

では、どうして食べる量が変わるのでしょうか? 「デルブーフ錯視」では、内部の円と外部の円の直径の比が1:3の時に内側の円は最も小さく見え、2:3の時に内側の円は最も大きく見えます。お皿の直径3分の1に料理を盛り付けると、料理が実際よりも小さく感じ、「量が少ないからたくさん食べても大丈夫」と無意識のうちに感じて満腹感が得られにくくなるわけですね。逆に、お皿の直径の3分の2の範囲内に料理を盛り付けると、少ない量で最も満腹感を得られるということになり、手っ取り早くダイエットができるでしょう。

このようにして、食べ物や食器の大きさを変えて満腹感をコントロールするシステムを、僕たちは「拡張満腹感」と名づけました。錯覚を利用して食べ物の量を判断する手がかりをコントロールすることで、満腹感を自在に変化させた結果、無意識のうちに食事量を減らすことでダイエットすることができるというわけです。

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ところで、このような錯覚は、お皿のサイズだけではなく、食べ物そのものの見た目を変化させることでも起こります。そこで僕たちが作ったのが、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)と呼ぶ、メガネ型ディスプレイを使った拡張満腹感のシステムです。このメガネ型ディスプレイを付けて手にクッキーを持つと、その見た目の大きさを自在に変えられることができます。

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こんなメガネ型のディスプレイを付けてクッキーを見れば、大きさを自在に変化させることができます。正面のディスプレイに見えている映像と同じものが、メガネ型ディスプレイを通して見えています。

12人を対象に、このメガネ型ディスプレイを付けてクッキーを満腹になるまで食べてもらいました。クッキーを実物の1.5倍に拡大して見せた場合、食べる量は約10%減り、逆に3分の2に小さくして見せると、食べる量は約15%増えました。

見た目が大きい食べ物を食べると、「これくらいで満腹になるはずだ」というこれまでの経験が引き出されます。実際にはそれほど大きくないものを食べていたとしても、錯覚によってすぐに満腹になってしまうというわけです。

「こんなダイエット、実際にやってみたいけれど、光のお皿もメガネ型ディスプレイも持っていない」ですって?

大丈夫です。ダイエットのときは、高級フレンチの逆、小さいお皿を使うことで、食べる量が少なくても満足感を得られるようになるでしょう。将来の技術の発展と普及に期待しつつ、今からできる工夫を少しずつ生活に取り入れて、未来を待とうではありませんか。

(文・構成/長倉 克枝)