photo by Courtesy of GUCCI

光り輝くシルクが織りなす、幻想的な世界――。
“光るカイコ”の繭(まゆ)からとったシルクに、暗いところで青色LEDやブラックライトを当てると、不思議なことに美しい緑色やピンクなどの蛍光色に光り輝きます。

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デザイン:桂由美

この光るシルクの存在にいち早く着目し、夢を感じた著名なブライダルファッションデザイナー桂由美さんは、2009年にウェディングドレスをデザインし、大きな話題を呼びました。

そして2014年、東京・上野の国立科学博物館で開催された「ヒカリ展」と、2015年グッチ新宿店で開催された「Tranceflora-エイミの光るシルク展」。この2つの展覧会で、光るシルクは再度大きな注目を集めています。

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制作:生物研、浜縮緬工業協同組合、成安造形大学

「ヒカリ展」では、浜縮緬(はまちりめん)工業協同組合が織り上げ、身体装飾デザイナーグループiroNic ediHt DESIGN ORCHESTRAがデザインし、実際にパフォーマンスにも使用された十二単風の舞台衣装が展示され、GUCCI主催「Tranceflora-エイミの光るシルク展」では、現代美術家スプツニ子!さんと「恋に落ちる(かもしれない)シルク」「バラの香りのするシルク」の共同開発プロジェクトが開始され、光るシルクを京都の伝統的西陣織細尾の協力で織った新素材を使用したエイミのドレスと靴が展示されました。

この不思議なシルクを作り出しているものは、いったいなんでしょうか? それは、光るシルクそのものに含まれる“蛍光タンパク質”によるものです。蛍光ペンなどでお馴染みの「蛍光」とは、紫外光など波長の短い光を当てた場合、その光エネルギーを吸収して、より波長の長い光を発する性質のことを言います。この性質を持つタンパク質が、蛍光タンパク質というわけです。

この光るシルクを作り出しているものは、いったいなんでしょうか? それは“蛍光タンパク質”によるものなのです。

皆さんは「オワンクラゲ」という“光るクラゲ”をご存じでしょうか。2008年に下村脩博士がノーベル化学賞を受賞したことで一躍有名になりました。このクラゲは、緑色の蛍光タンパク質を作る機能を持っているのです。このオワンクラゲの遺伝子をカイコの遺伝子に組み込むことで誕生したのが「緑に光るカイコ」です。サンゴが持つ蛍光タンパク質の遺伝子をカイコに導入することで、赤色やオレンジ色に光るシルクを生み出すことにも成功したのです。

約5000年前から、シルクを取るためにヒトと共存してきたカイコですが、世界で初めて光るカイコが誕生したのは2000年、つくばの農業生物資源研究所(以下、生物研)でのことでした。生物研でつくられた一番最初の「光るカイコ」は、全身が緑色に光っていました。現在では、眼や翅(はね)など特定の部位だけを光らせる遺伝子操作ができるようになっています。

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©日本経済新聞社、BSジャパン

2004年には光るカイコから光る繭を作ることにも成功しましたが、光るシルクを取り出すまでには、更に数年の月日を要しました。理由は「蛍光タンパク質は熱に弱い」という性質にあります。通常、固い繭をほぐして糸を巻き取る過程で熱湯に入れる必要があるのですが、そうすると糸が光らなくなってしまうのです。試行錯誤の末、60℃などの低温でも繭がほぐれる方法を開発。その結果、2008年に入りようやく、光るシルクを取り出すことに成功しました。

スプツニ子!さんとのプロジェクトでは、この「熱」に伴う大ハプニングが発生しました。この熱に弱い「光るシルク」撚り止めの際、通常の撚糸と同じように、百数十度まで加熱してしまったのです。蛍光タンパク質が破壊されて、光るシルクもスタッフ全員の顔も、文字通り真っ白になってしまったとか・・・。

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2014年6月に、富岡製糸場と絹産業遺産群が世界文化遺産に登録されたことで、長年にわたり蓄積してきた日本の高い養蚕技術が再び脚光を浴び始めています。また、冒頭でご紹介した「ヒカリ展」や「Tranceflora-エイミの光るシルク展」をきっかけに、アパレルメーカーやアートディレクター、デパートのバイヤーなど、ファッションやアートの分野の方々が、光るシルクに注目し始めることで、養蚕産業に大きな可能性が見え始めています。

光るカイコから広がる、新しい養蚕産業の可能性。医薬品や検査薬、化粧品の原料としての活用も。

2015年7月には、生物研に加え、群馬県にある蚕糸技術センターの構内の特定区画で、遺伝子組み換え生物等の規制による生物多様性の確保に関する法律「カルタヘナ法」の「第1種使用等」に基づき、緑色に光るシルクを生産する遺伝子組み換えカイコの飼育が始まりました。

着物1着を作るには、約3000個の繭から取れる約1㎏ものシルクが必要です。今後、光るシルクを製品として販売していくには、養蚕農家などでも光る蚕を大量に飼育できるようにすることが不可欠です。また、カイコに期待されているのは、光るシルクを作り出すことだけではありません。医薬品や検査薬、化粧品の原料となるタンパク質を作らせることもできるのです。2011年には、カイコに作らせたタンパク質を用いてつくった、血液検査薬や化粧品の販売が開始されています。

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日本では現在、カルタヘナ法の認可、太平洋戦争、化学繊維の台頭、安い海外の繭の流入など様々な影響により、養蚕業が衰退の一途をたどっているのが現実です。カイコを飼育する人手と場所が足りないことが、今、大きな課題となっていますが、光るシルクの技術などの新たな需要を生み出すことで、日本の養蚕業の復興に寄与することに大いに期待されているところです。

闇夜に輝くシルクのドレスでナイトウェディングが実現するのも、そう遠い未来ではないかもしれません。

(文・構成/山田久美)