写真左 建築設計:株式会社オーワークス 撮影:松浦文生、写真右 建築設計:TKO-M.architects 施工会社:株式会社 アーキッシュ ギャラリー 関東支店

照明デザイナーという仕事をしている私は、日々、光を駆使して住宅から都市に至る空間内外の設計を行っています。私がこの仕事を始めた25年ぐらい前は、独立した照明デザイナーはほんのひとにぎりで、照明デザインと言えば、照明器具をデザインするプロダクトデザインを指す場合がほとんどという時代でした。

 

私は大学では建築を学び、大学院では建築の分野の環境心理学を学ぶうちに、同じ空間でも光によって見え方も感じ方もかなり変わることに興味を持ちました。ただ必要な明るさを得るだけでなく、その見え方を工夫することで、より良い空間設計に貢献したいと思い、照明デザインという仕事に携わることになったのです。

 

その頃からテクニカルライティングという言葉も使われ始め、間接照明やダウンライトなど、器具の存在感を出さずに天井や壁の素材感を出すことで空間を魅せる照明設計が増えてきました。そうしてこの間に、照明デザインも空間設計を行う独立した職能として認められるようになってきたのです。

 

日本の住宅照明は「簡単に考えたあかり」で損をしている?

しかし照明デザイナーとしては、日本の一般の住宅照明はまだまだ課題があると思っています。

 

照明の出番は、夕方からが本番。しかし日が暮れた後、部屋の中央に白く煌々と光るシーリングライト(天井直付け器具)が取り付けられている窓明かりを見ると、少し残念に思います。日本では良くも悪くも、照明メーカーのカタログに何畳用と書かれたシーリングライトを、部屋の大きさに合わせて「簡単に」選ぶことが出来ます。こうした事情によって、エンドユーザーだけでなく、ハウスメーカーやインテリアコーディネータでさえもシーリングライトを選んでいる場合が多いものと思います。

 

たしかにシーリングライトは、それひとつで簡単に、部屋全体を明るくすることができます。明るくするための効率はとても良いと言えます。しかしそれひとつで部屋全体を明るくするシーリングライトは、使ってしまうと、それ以上あかりで空間を心地良くしたり、楽しくしたりする余地はほとんどなくなってしまいます。

 

あかりを簡単に考えてしまうと、ただものが見えるという簡単な結果しか得ることが出来ません。住宅における照明器具費は、建築費の約1~2%程度で、下手をすると照明器具費と施工費を含めてもユニットバスやシステムキッチンなどの方が高価な場合があります。高い照明器具をつければ良いということではありませんが、「簡単に考えたあかり」によって、もしかしたら損をしているかもしれません。

 

そこでこの「考えるあかり」では、よりエンドユーザーの視点で、住宅照明の価値を高められるノウハウを少しずつお知らせできればと思います。

 

サーカディアンリズムを整える―
光による生理的効果

私自身は、光による心理的効果に興味を持ったことが、照明デザイナーという仕事につくきっかけでした。しかし光には心理的効果だけでなく、生理的効果もあることが明らかになっています。

 

1日の概日リズムをサーカディアンリズムと言い、我々は朝起きて、昼間は覚醒し、夜になると眠くなる周期を持っています。このサーカディアンリズムに影響を与える要因としては、明暗があります。これは人の体内で生成され、誘眠ホルモンとも呼ばれるメラトニンが光の影響をうけるためで、明るい場所にいるとメラトニンの分泌が抑制され、暗い場所にいると分泌量が増え眠くなるのです。

 

睡眠と覚醒のリズムと光の関係

睡眠と覚醒のリズムと光の関係

 

また明暗だけでなく、メラトニンを抑制し、人が覚醒する光の波長は、青系であることも明らかになっています。光をプリズムで分解すると虹色の光が現れます。この虹色の光を可視光線と呼び、昼間の自然光のような白色光は、青系の波長を多く含み、夕日や電球のような暖かな光は、赤系の波長を多く含んでいるのです。

 

つまり、自然光の変化と同じ光を浴びていれば、サーカディアンリズムを自然に整えることが出来るはずです。しかし冬に日が短くなる北欧では、昼間十分に光を浴びることが出来ず、生体リズムが崩れてしまい、季節性障害という冬季うつ病にかかる人が多くなります。光の不足によって引き起こされる冬季うつ病は、その治療方法としても光が用いられ、ライトセラピーと呼ばれています。このように光を適切に浴びることは、健康維持にも重要なのです。

 

調色・調光機能のついたシーリングライトは万能か?―光による心理的効果

光色と明るさの関係がもたらす心理的な効果とはどのようなものでしょうか。これはクルーゾフ(kruithof) の快適曲線と呼ばれるもので、白い光は高照度であれば快適ですが、低照度では陰鬱な雰囲気となります。電球のような暖かな光は、低照度の方が快適で、高照度になると暑苦しくなります。これを横軸に色温度(光色の度合いを表し、数値が低いほど暖かな光、高いほど白色光)、縦軸に照度(数値が低いほど暗く、高いほど明るい)をとり、色温度ごとに快適な照度の範囲を示したものが、クルーゾフの快適曲線です。

 

照明の色温度と照度の効果

照明の色温度と照度の効果

 

数値が出てくると一見難しそうですが、これも自然光と照らし合わせてみるとよく分かります。昼間の太陽は頭上にあり、白い光が明るく上から降り注ぎ、夕方になるにつれて光は暖かく、暗くなります。この自然光と同様の組み合わせが、人にとって快適で、そして健康維持にも有用なのです。

 

照明業界ではLED化が進み、1つの器具で調色・調光が可能な器具のバリエーションも増えています。調色とは、光色が変えられることを示し、調光とは明るさが変えられることを示します。

 

この調色・調光機能を応用した照明が、サーカディアン照明と呼ばれるものです。最近ではオフィス照明への導入や住宅でも使用可能な照明器具の開発も進み、特にシーリングライトではリモコンで光色や明るさを変えることが出来る利便性を付加価値として、単色光タイプよりもバリエーションが増えています。LED化によって調色・調光機能が身近になったのはとても良いことだと思います。

 

でも、部屋の真ん中のシーリングライト1つだけでは、得られる心地よさには限界があります。その理由は、シーリングライトの光が頭上から降り注ぐことにあります。夕日のように横からくる暖かな光、そしてその落ち着いた雰囲気は、再現することが出来ないのです。

 

あかりは用途に応じて足していく

 

照明の基本的な考え方として、一室一灯に対して、一室多灯の方が良いと言われます。ただしこれも、単にたくさんのあかりをつければ良いということではありません。行為に応じて求められる明るさに合わせて、いくつかの照明を組み合わせることに意味があります。

 

夕方からの照明の役割は、メラトニンをスムーズに分泌させることですから、低照度の暖かな光で、快適でよりくつろげる雰囲気を創出することが大切です。例えば光源を直接見せない間接照明は、落ち着いた雰囲気を得られやすい反面、本を読むなどの視作業には適していません。そこで行為に応じたあかりを足していけばよいのです。

 

住宅の照明はいつも同じである必要はありません。照明の組み合わせや点滅、調光などを組み合わせることで、省エネになるだけでなく、マイホームをレストランにもホテルにも変えることが出来たら、毎日の生活はもっと楽しくなるはずです。

 

また人は、加齢とともに身体機能も視機能も衰えます。このため、特に配線工事が必要となる照明を設置をする際には、日々の生活行為の変化だけでなく、住む人の加齢を考慮して長い目でみてデザインします。新築や改修工事の際に照明を工夫するためのノウハウについても、今後お伝えしていきたいと思います。