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暑くなると食べたくなるのが、かき氷です。真っ赤なイチゴ味、黄緑色のメロン味、黄色のレモン味などさまざまな味があります。実は、多くの場合、これらはほとんど同じ成分でできていることをご存知でしょうか? 口に入る味の成分は同じでも見た目や香りが違うと、かき氷を食べるときにまるで違う味のように感じます。真っ赤な「イチゴ味」シロップがかかったかき氷を食べるとき、たとえそれがメロン味と同じ成分のシロップだとしても、僕たちはイチゴ味として美味しく味わっているのです。

僕たちは食べ物の味をあじわっているようでいて、「見た目」に簡単に影響されてしまうのです。

 

ある清涼飲料水ブランドは、オレンジ味、グレープ味など様々なフレーバーが揃っていて、選ぶのに迷ってしまいます。でも、どれを選んでも大丈夫。飲料水そのものは、どれもほとんど同じ成分で出来ているからです。飲み物の成分が同じでも、飲料水そのもの色やパッケージの色がオレンジ色だと、それを飲んだ時にオレンジの味を、紫色だとグレープの味を感じます。

 

僕たちは食べ物を味わっているようでいて、ある意味ではイメージを味わっているのです。人間の五感は、意外と曖昧です。だからこそ、このようにして、「見た目」が作り出すイメージに簡単に影響されてしまいます。

 

今回は、かき氷のシロップや清涼飲料水と同じ仕組みで、僕たちが作った、見た目を変えて味覚を変える、「おばけジュース」をご紹介します。

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コップの中にLEDを入れて、飲料の色が変わるようにした「おばけジュース」

 

こちらの写真をご覧ください。コップの中にはLEDが入っていて、LEDが光るとコップの中の飲み物の色が変わるシステム「おばけジュース」です。飲み物の色を変えることで、その味を思いのままに変化させることができます。

 

「おばけジュース」という名前は、松谷みよ子さんの絵本「オバケちゃん」にちなんでつけました。一緒に研究をしていた学生さんが子供のころに読んで大好きだった絵本です。なかでも、「ママおばけは、おばけジュースをつくるのが、それはじょうずでした。このジュースはひと口飲むたびに色も味もかわる、ふしぎなジュースなのです」という一節がとても心に響いたそうです。このママおばけが作るおばけジュースをどうしても再現したい、ということで僕たちはこのシステムを作り始めました。

 

僕たちが作った「おばけジュース」で、どのように味が変わるのか、実験してみました。

 

まず、中に入れる飲み物を作ります。甘みを与えてくれるショ糖(スティックシュガーを使います)と、酸っぱさを与えてくれるクエン酸を混ぜ、水に溶かしました。リンゴジュースとオレンジジュースの中間の味を狙ってショ糖濃度12%、クエン酸濃度0.43%に調整しました(これはおおよそ、スポーツ飲料のような味です)。

 

この飲み物をLEDが入ったコップに入れ、19人の被験者に飲んでもらい、どんな味のジュースと感じたか、質問しました。その結果、LEDをオレンジ色にしたときは、「オレンジジュース」と感じたのが8人、「ピーチジュース」と感じたのが3人などでした。黄色にしたときには、「レモンジュース」が9人、「パイナップルジュース」が3人など。緑色では、「メロンジュース」が12人、「リンゴジュース」が2人などでした。

 

人によって感じ方はまちまちですが、全く同じ飲み物でも見た目が変わると味が変わって感じる、ということがわかる結果になりました。

 

では、僕らが作ったおばけジュースは、ママおばけが作るおばけジュースのように「ひと口飲むたびに色も味も変わる」のでしょうか?それも、僕たちはやってみました。

コップを振ると、中の飲料水の色が変わる「おばけジュース」。
作り方は簡単です。コップの中のLEDに、コップの動きを感知する加速度センサを備え付けて、コップを振るたびにLEDが光る色が変わるようにしました。そうすると、コップを振るたびに、コップの中の飲み物の色が変わり、ひと口飲むとその味も変わって感じられるというわけです。これなら、飽きっぽい人でも、最後まで楽しんで飲めますね。

 

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ところで、飲み物の色が変わるだけで味まで変わって感じてしまうのは、なぜなのでしょうか?実は、僕たちが味を感じるときの、脳での情報処理の仕組みが大きく関わっています。

 

味などの五感は、体が持つセンサ(「視覚」なら目、「聴覚」なら耳、「味覚」なら舌、「嗅覚」なら鼻、「触覚」なら皮膚にそれぞれあります)で感知しています。これらの五感がすべて分かれている、としたら、色が変わると味が変わって感じるというのは気のせい、ということになるでしょう。

 

ところが実際には、五感はそれぞれ分かれているわけではなく、他の感覚と相互に結びついています。

 

わかりやすいのが錯覚です。錯視のように、実際に目の前にある世界と、僕たちが知覚して体験する世界とが異なって感じることがあるでしょう。色が変わると味が変わって感じるのも、これと同じ仕組みです。

 

異なる感覚同士が脳で統合されるときに影響しあう現象を「クロスモーダル」といいます。見た目で味が変わって感じてしまうのはこの錯覚現象のためなのです。

人間の脳では、2種類の方法を組み合わせて、感知したものを認識しています。ひとつが、目や耳、舌などにあるセンサに入った情報が脳に集まり、統合されるうちに、感知したものが何であるかを判断するという方法です。このとき、異なる感覚同士が統合されるときに影響を与え合っています。見た目が味に影響を与えるのはそのためです。このような錯覚現象を「感覚間相互作用(クロスモーダル)」と呼びます。

 

五感の中でも視覚は特に発達しています。そのため、脳で情報が統合される際に、視覚が味覚にも強く影響を与えているというわけです。

 

もうひとつが、その人がすでに持っている記憶や知識、予想などをもとにして「きっとこういう情報が入ってくるだろう」と決めて、センサから入った情報の中からそれに沿ったパターンを探し出すという方法です。つまり、過去の体験や先入観が味の判断に影響をしています。

 

例えばイチゴ。多くの人はイチゴを食べた経験があるでしょう。イチゴの甘酸っぱい味を感じるときには、いつも赤くてかわいらしい果実を見ています。そのため、「イチゴ味」のかき氷と言われ、赤い見た目のシロップがかかっていると、イチゴのような味を感じるというわけです。

 

僕たちは、味覚を楽しんでいるというより、このような先入観がもたらすイメージを味わっているのかもしれないですね。

(文・構成/長倉 克枝)