YCAM InterLab+Yoko Ando Joint Research and Development Project
“Reactor for Awareness in Motion (RAM)”

最近、まだ自転車に乗れない幼児向けにペダルのない二輪車が流行っています。僕の子供の頃は補助輪のついた自転車で練習してから、補助輪を外すために転びながら一生懸命練習したものです。しかし、小さい頃からこのペダルなし・補助輪なしの二輪車で遊んでいた僕の息子は、遊びの中で必要なバランス感覚を手に入れ、先日いざペダルのついた自転車に乗り換えた時に、練習なしですいすい乗れてしまいました。

 

僕は、人とのコミュニケーション、モノとのインタラクションを促進するさまざまなツールを作ることで、人と(特に物理的)環境との関係がどう変わっていくのか、探求しています。新しい道具が生まれると、人は新しい機能や能力を手に入れます。道具が与えられると、そこに備わる機能を人間が享受するという関係だけではなく、人間側もその道具に適応することで少なからず自らの身体性をアップデートすることができると思っています。

 

新たな環境や状況に適応する身体へとアップデートするために、テクノロジーや道具はどう作用できるのか

 

練習・訓練という意識なく、道具と接する中で身体性を育み、別の道具や環境に順応する身体を手に入れていく。こういう観点で考えるにあたり、僕は「ハビリテーション」という言葉を使っています。これは聞きなれない言葉かもしれませんが、失った機能や関係を取り戻す行為を指すリハビリテーションという言葉から「リ」をはずしたものです。取り戻す(だけ)ではなく、新たな環境や状況に適応する身体へとアップデートするためにテクノロジーや道具はどう作用できるのか、ということを考えたいと思っています。

 

みなさんはダンスをしますか? 決まった振り付けがあって、それを覚えて踊るダンスもあります。でも、それだけではありません。決められた振り付けではなく、環境とダンサーが互いに影響を与え合い、自ずと身体が動き、ダンスが生まれるーー。そんなダンス公演Dividual Playsが2015年1月、山口情報芸術センター(YCAM)で行われました。

 

プロジェクトは、YCAM InterLabの一環として、ダンサーの安藤洋子さんが中心となったチームで行われ、僕は主にダンサーと環境とのインタラクション部分のディレクションと研究開発を担当しました。

 

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この舞台では、踊っているダンサーの身体の動きを、センサーで常に検出しています。さらに、そのダンサーの動きにもとづいて映像や音、箱庭と呼ばれる装置群の動きなどをリアルタイムで作り出し、ダンサーに情報を提示します。それによって、ダンサーはその場で身体を動かし、ダンスを作っていきます。

 

テクノロジーで環境や自身の動きをフィードバックすることで、身体の動きを引き出していくのが狙いです。たとえば、ダンサーの姿勢をリアルタイムに反映した棒人間のような人型の映像を壁に投影して、その人型の腕の長さを実際より長く変えてみると、その映像を見ながら踊っているダンサーの実際の動きも大きくなる、といったように、意識的にも無意識にもダンサーの動きを引き出すことができるなど面白い発見がたくさんありました。

 

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YCAM InterLab+Yoko Ando Joint Research and Development Project
“Reactor for Awareness in Motion (RAM)”

 

初めは、ダンサーへの動きのフィードバックとして映像だけを使っていたのですが、実験の中では音や、触覚など、他の感覚でもフィードバックをすることに取り組みました。実際にやってみると、音響を変化させることで、身体のバランスが影響を受けたり、その変化に動きが引き込まれたりとさまざまな発見がありました。

 

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この制作期間の中では数ヶ月にわたりダンサーの身体への刺激として機能するもの、しないものを見極め、また刺激同士の組み合わせがどう作用するかなど環境のレシピを考えながら、ダンサーとプログラマーが共に表現を作り上げていきました。映像や音は普段ダンスの最終段階での表現を演出するものとしてよく使われますが、このプロジェクトでは、制作プロセスの中でデジタルテクノロジーがダンサーの身体(イメージ)をアップデートし、表現を広げていく手段として用いられるという意味でとても興味深い経験でした。

 

最近は、もっと日常の現場の中に飛び込んで新しいヒントを得ていこうと考え、研究室のスタッフ・学生と共に研究やメディアアートの作品作りと同じテクノロジーをリハビリテーションに活用する試みを始めています。

 

リハビリテーションの現場では、お医者さんやスタッフ(医療従事者)、患者さん(リハビリ実践者)が密にコミュニケーションを取りながら、その患者さんの時期、症状に加えて、目標や嗜好といった要素も加味しながら、適切なリハビリツールを選んだり、時には作り出したりして、その効果を見ながらまたメニューを考えるというサイクルがあります。そのサイクルの中に、インタラクションデザインやエンジニアリングを得意とする僕らも加えてもらいました。

 

適切なツールを選び、必要に応じて作り出し、その効果を見ながらまたメニューを考える「リハビリテーション」の現場

メーカーのリハビリ器具として売られているものを使うのみならず、必要に応じてその場で道具から作り、メニューと一緒に生み出すことを始めました。半身に麻痺を抱えたリハビリ実践者、お医者さんと一緒に、最初の数ヶ月どんな道具がいいかという話し合いを何度も繰り返しました。医学的見地からこういうストレッチを日々しておくとよいという話から、リハビリの先に何がしてみたい?という話、普段どんな場所でどんな暮らしをしているかという話まで。さまざまな観点から日々のリハビリを見つめ、自宅で印刷業を営む彼のために、日々のリハビリでの腕の動きを、モーターで動く小さな腕型のオブジェに記録して再生できるカレンダー型のリハビリツールを作りました(彼の部屋には職業柄かカレンダーがたくさん飾ってあります)。

 

レーザーカッターで切り出した筐体と、モーター、マイコンを組み合わせて最初のプロトタイプができたら、早速自宅に設置してもらい、そこから毎日実践が始まります。システムの問題点も見えてきますし、こんなことができるならさらにこうしたいという次の目標も見えてきます。お医者さんもこれに合わせたメニューを随時考えてくれました。思いついたら、できる限りその場でアイディアを形にして、可能な限り早くフィードバックを反映して作り変えていくという速度感を大事にしました。

 

ダンスの現場、リハビリテーションの現場で体験した、さまざまな専門家が寄り合い、ものを作り、道具や環境とのインタラクションを通して人をアップデートしていく取り組みは、もっと様々な状況の中で適用していけると感じています。五感を駆使し、日常的に(リ)ハビリテーションができる時代に向けて、さらなる研究を続けています。

 

(文・構成/長倉 克枝)