© Yukari Fujitsu

18世紀風景式イングリッシュ・ガーデン「ストウ庭園」は、別名「花のない庭園」。除草と挿し木の作業で過ぎてゆく初秋までの季節。

私がボランティアをしていたナショナル・トラストのストウ庭園は、別名「花のない庭園」。ストウの庭園は風景式と呼ばれ、広大な敷地の地形を生かしながら草原と林と水の流れからなる自然なたたずまいを再現しています。野性の環境保全の考え方とは相性が良く、園芸種と合わせて林縁に輝く草花に出会います。

 

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ただし、それは主に春の話。これみよがしな花の植栽が無いので、除草に追われる夏から初秋にかけて、単調なのは避けられません。それでも、初秋の林の中を歩けば夏の時には意識しなかった光と影のドラマが。夏の時より少し遅めに出る朝の太陽は、より低い角度から複雑な草の影をもたらし、穏やかな光と繊細な二重奏を奏でます。

 

この時期の作業は8月に引き続き除草がほとんど。草丈の伸びた原っぱではトラクター、芝刈り機、刈り払い機による機械除草、また林縁の散歩道に入ればフォークや鍬を片手に草引き。手で引く場合は、繁殖力旺盛もしくは大型になる雑草だけ選んで引く「選択的除草」がストウの基本。花などがかわいらしい種はそのまま置いて、なるべく雑草を味方につけて省力化。訪れるお客さんの視線を意識しながら雰囲気よく仕上げます。

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この時期、新たに加わる作業として「挿し木」があります。ハーブ類で実践している人もいるでしょう。植物の枝をとり、その年生長した茎を約10cm程度切り取り、根本に近い葉っぱを取り除いて、深めに湿らせた土に挿す。涼しい気温が助けとなり、茎は根がなくてもしばらくは生きることができます。やがて茎は生成したホルモンで切り口を癒し、同時に光を遮断された刺激で根が生えて活着し、立派な苗になります。ストウでは、地域遺伝子に配慮し、持てる資源を大切に扱うという観点から、苗を使い捨てにすることなくそれらを殖やして使う庭づくりを心掛けています。

 

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ヒガンバナ

 

お彼岸にぴったり合せたように咲くのがヒガンバナ。田んぼのあぜ道に咲き誇る花で、稲穂が黄色い色づきを縁取る真っ赤なコントラストは農村の絵になる風景です。きれいな花ですが家に持ち込むのはこれまでは嫌われてきました。子どもの頃に「持ち帰ると家が火事になる」などと言われた人もいるのではないでしょうか。ヒガンバナは球根によって殖えますが種子を作らず、中国からはるか昔に日本に導入されたと言われます。土中に埋まった球根は有毒とされ、モグラが田んぼを掘るのを防ぐために植えられたとか、飢饉の折りには食用となったとか、その由来には諸説あり、また測ったかのように決まった時期に開花するところも不思議です。

 

左から時計回りに、ニラ、センニンソウ、キツネノマゴ、ツユクサ

左から時計回りに、ニラ、センニンソウ、キツネノマゴ、ツユクサ

道端、川原、田んぼのあぜ道を散歩していて発見があるのも、この時期の楽しみの一つです。例えばニラ。小さく星形に開いた白い花が束となり可憐な感じ。キツネノマゴは、ピンクの小さな花が房を上がっていくように咲き、唇型と見なされる色形からシソの仲間のように見えますが、キツネノマゴ科に属します。ツユクサも夏からまた勢いをつけ、群生で咲くと爽やかな群青色の花びらに癒されます。

 

白い花が比較的大きくツルが伸びて華やかなセンニンソウは、園芸品種として人気のクレマチスの原種の一つ。ボタンヅル、カザグルマ、ハンショウヅルなどと同じくセンニンソウ属の仲間として見るとまた味わいが増します。これらの花は夏に気付かなかったところに意外なかわいさも発見する喜びがありますが、近づく冬に備えて次世代に引き継ぐための、いわばフィナーレ。決算期に入ったといえるのかもしれません。

 

江戸琳派の鈴木其一(1796-1858)の描く「月に葛図」は、下垂するクズの薄い影に縁取られた月が白く浮かぶ幻想的な掛け軸。垂らし込みで描かれた葉は朽ちたわびの風情、はかなげな花からは香りがむせかえるよう。京都細見美術館の所蔵ですが、機会があればぜひ見ていただきたい名品です。晩夏から初秋にかけて咲くクズの花は藤の花に似て、少し葡萄に似た甘い香り。しかしながら現実の蔓の生命力は恐ろしいほどで、空き地や林縁などの裸地に先駆的に繁殖し、マント群落の代表選手の一つでもあります。こんな美しい絵を生み出す絵師のイメージの豊かさには驚かされます。

 

涼しい夜の訪れとともに美しい月夜を愛でたくなるのはなぜでしょう。

秋になると、涼しい夜の訪れとともに美しい月夜を愛でたくなるのはなぜでしょう。旧暦8月の中秋は、昼の暑さを忘れさせ、虫の音も優しく、空に光るのは冴え冴えとした月。お米の収穫も始まってほっと一息、ご飯も美味しく食べられて、望月に感謝し、巡る季節への希望を託す……そんなところでしょうか。感謝の行事といえば捧げもの。その時期の旬の野菜や草花を添えて、供すると見立てて季節を楽しむ行事は、日本だけでなく東アジア各国に見られるようです。

 

こんな時には、夏の間は手入れが大変と遠ざけられていた庭が「アウトドア・リビング」として面目躍如。家と外をつなぐ絶好の観賞スポットになります。もちろんベランダだって、立派な「庭」。思い思いの工夫で楽しんでほしいものです。例えば、月とともに足下の草花を雰囲気よく照らすあかり。剪定して不要になった木の枝を適当な長さで三角形の立体状に組み、ワイヤーなどで固定したフレームに、葉っぱを裏から貼りつけた薄紙をくるりと巻いてセロテープで留めれば、手軽にランタンを作ることができます。

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水を入れたペットボトルにキャンドルを浮かべて灯すと、意外にセロテープの影も気になりません。写真で使った葉っぱは特別なものではなく、ササやイノコズチなど庭に生える雑草や剪定したヒノキでしたが、虫食い葉も風情が出ます。その日限りのものとして簡単に作ってしまうのがコツ。お試しください。

 

庭なんか家にありませんという方にもおすすめなのは、中秋の名月に行われる庭園のライトアップイベントです。京都なら嵯峨の大覚寺下賀茂神社、東京方面なら向島百花園三溪園など、各地の名園名庭を虫の声とともに楽しめる夜に是非お出かけして、ちょっと広くて贅沢な「マイガーデン」をお楽しみください。青岸寺でもお月見ライトアップをほぼ毎年開催しており、苔生す枯山水の庭を眺めながら幽玄なひとときを過ごせます。「ひこにゃん」でお馴染み・彦根城の大名庭園・玄宮園と合わせておススメです。