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「まめのりさん」という商品をご存知でしょうか? J-オイルミルズという会社が販売している、原料の大豆を海苔のように薄く伸ばして作った食品です。ピンクやオレンジ、黄色、緑色などさまざまな色があります。大豆も海苔もタンパク質でできているので、大まかに言えば見た目が違うだけ、いわばカラフルな海苔です。そこで、欧米の人たちが海苔の代わりとして海苔巻きなどに使うようになり、大ヒット商品になりました。

 

欧米にはもともと、黒くて薄い海苔のような食べ物はありません。なので、欧米の日本食好きの人たちといえども、黒い海苔に対しては抵抗があるようです。カリフォルニアロールの外側に海苔が巻かれていないのは、こういうわけなのですね。「まめのりさん」では、見た目を馴染みやすい色にすることで、こうした抵抗感を払拭できたというわけです。

 

このように、食べ物の見た目を変えるだけで、食の楽しみを拡げることができます。今回は、プレーンクッキーの見た目とにおいを変えることで、チョコレートやストロベリーなどさまざまな味のクッキーを楽しめるシステム「メタクッキー」をご紹介します。

チョコレートコーティングの見た目と、チョコレートの香りで、プレーンクッキーはチョコレートクッキーにメタモルフォーゼする。

 

メタという接頭語はいろいろな意味を持っていますが、そのひとつに「(~を超えて)変化する」という意味合いがあります。メタモルフォーゼ(変身)のメタですね。一種類しかないクッキーが次々といろいろなクッキーに変身していくという意味で、「メタクッキー」と名付けました。

 

実際にはプレーンクッキーでも、チョコレートコーティングされたような見た目にし、チョコレートの香りをさせると、なんと7割の人がチョコレートクッキーを食べていると感じて味わっていることが、僕らの研究からわかりました。では、どのようにしてプレーンクッキーの見た目とにおいを変えるのでしょうか?

 

Cookie-1

メタクッキーのために作った見た目とにおいを変えるシステム

 

僕らが作ったこの装置を使います。ちょっと大げさですが、この装置を装着しながらクッキーを食べると、手元のクッキーに他の種類のクッキーの画像を合成して提示される上、その種類のクッキーに合ったにおいが鼻に向かって出てきます。こうして、実際に食べるクッキーは1種類でも、見た目とにおいを自在に変えられるというわけです。

 

この装置を使って、プレーンクッキーの味がどのように変わって感じられるのか、実験してみました。チョコレート、アーモンド、紅茶、ストロベリー、メープル、レモンの6種類のクッキーの画像とにおいを使いました。

 

44人の人達にこの装置をかぶって、プレーンクッキーを食べてもらったところ、なんと8割の人が、「味が変わって感じられた」と答えました。また、たとえばチョコレートの見た目とにおいを提示したときに「チョコレートの味がした」と答えるといったように、狙いとする味を感じさせることができたのは全体の7割でした。

 

Cookie-2

装置をつけると、実際は左上のような見た目のクッキーでも、左下のように見える。また、装置からチョコレートのにおいが出てくる。

 

見た目とにおいを変えることで、味が変わって感じられるのなら、まったく見たことのないクッキーの味を新たに作り出せるかもしれない?と考えてやってみたのが次の実験です。

 

きのこ味のクッキーは食べたことがないですよね?そこで、僕らは見た目とにおいだけを変えて、きのこ味のクッキーを作ってみることにしました。見た目はきのこのイラストを、においは松茸の香料を使いました。さて、今まで誰も食べたことがない松茸のにおいがするきのこクッキーを食べると、どう味わうのでしょうか?

 

前の実験と同様に、実際に食べるのはプレーンクッキーです。装置を使って見た目とにおいだけきのこクッキーにしました。その結果、8割以上の人が「味に変化があった」と感じましたが、「きのこの味がした」と感じたのはわずか4割でした。他の人たちは「おいしくなかった」「苦かった」と答えました。

 

きのこクッキーのように、これまでに経験したことがない食べ物を見た目とにおいでつくりだすと、拒否感を示す人が多いようです。これは、どうしてでしょうか?

 

ここで、見た目とにおいを変えるだけでクッキーの味を変えて感じられた理由を考えていきましょう。食べ物を味わう体験は、舌で感じる味覚だけではありません。見た目やにおいのほか、雰囲気や一緒に食べる人といったさまざまな環境に左右されます。

 

これは、前回の「おばけジュース」でご紹介した、脳の情報処理の仕組みと同じ理由です。五感のほか、記憶やこれまでの体験、先入観などが脳の中でお互いに影響を与え合う「感覚間相互作用(クロスモーダル)」よって、実際に舌で感じている味とは異なる味覚を「錯覚」してしまうためです。純粋に味を感じているというよりも、先入観やイメージを味わっているのですね。

 

ところが、あまりにも先入観からはずれた味を舌で感じると、人に備わっている防衛本能から「とてもまずい」と脳で判断するようです。たとえば、この季節に欠かせないそうめんのつゆ。冷蔵庫に入れておいたら、うっかり麦茶と間違えて飲んでしまったことはないでしょうか?口に入れた瞬間に吹き出してしまいますね。これは、麦茶だと思った先入観からはずれたために、まずさを感じているからです。

 

麦茶

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きのこクッキーの実験では、このめんつゆと同じように、先入観からはずれ、これまで経験したことがない体験をしたため、防衛本能によりおいしくなく感じたのですね。

 

メタクッキーでは、ひとつのプレーンクッキーの見た目やにおいを変えるだけで、食の楽しみを拡げることができました。僕はこれらの研究を進める中で、異文化の食べ物や、どうしても食べられない苦手な食べ物を受け入れやすくするために、見た目やにおいを変える技術が使えるのではないかと考えるようになりました。

 

見た目やにおいを足す新技術で食体験が変わり、健康やダイエットを美味しく無理なくできるようになります。

メタクッキーと同じ手法を使えば、クッキー以外のほかの食べ物でも味を変えて感じさせることができます。「まめのりさん」のように、食べ物への抵抗感をなくすこともできるかもしれません。ちょっとしたことで好き嫌いを直せたら、子供もすすんでしいたけや苦手な野菜を食べるようになってくれるかもしれませんね。

 

うまく使えば、美味しく食を楽しみながら、健康にも貢献できるようになるでしょう。たとえば、減塩食品では実際の味は薄くても、においを少し足すことで、美味しく食べられるようになります。実際には糖分が少なくても、見た目やにおいを変えることで、甘くて美味しいダイエット食品になるでしょう。

 

「技術発」の食体験が食の楽しみを拡げて、新しい食文化をつくるーー。そんな、未来を目指して僕らは研究をしています。

 

(文・構成/長倉 克枝)