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2012年12月に山梨県にある中央自動車道の笹子トンネルの天井板が崩落し、多数の死傷者が出たことを覚えている方も多いことでしょう。笹子トンネルが開通したのは、今から約38年前の1977年。このトンネル事故の原因は老朽化だと言われています。

 

深刻化している高齢化社会インフラの老朽化に対して求められる、誰でも分かる簡単なモニタリング技術の開発

今後の社会資本の維持管理・更新のあり方についてどのように対応していくか国道交通省で議論されている最中に、懸念されていた社会インフラの老朽化による崩落事故が発生しました。この事故をきっかけに、トンネルや橋、道路など社会インフラの老朽化問題に国民の関心が向くようになりました。

 

建設してから50年を超える高齢化社会インフラが今後20年間で大きく増えます。しかし、我が国では少子高齢化、厳しい財政状況などの事情により、古くなった社会インフラの全てを建て替えるというわけにはいきません。社会インフラを適切に維持管理し長寿命化を図り、立て替えが必要なものを更新していくという方針が決まりました。健全具合を把握するため、低コスト、簡便で現場に導入しやすい既存あるいは新しい社会インフラのモニタリング技術が求められています。

 

そこで、私たちが取り組んでいるのが、緑色に光輝くタマムシの翅(はね)をヒントに、誰でも簡単に社会インフラの老朽化の度合いを判断できる材料の開発です。

 

 
 

社会インフラとタマムシの翅ーー。
一見、なんの関係もなさそうなこの2つをつなげているのが「構造色」です。

 

タマムシの翅は金属光沢のような輝きを持っていますが、もちろん金属でできているわけではありません。私たちの身体と同じタンパク質でできているのです。それにもかかわらず、あのような輝きを放っているのは、タマムシの翅の色が「構造色」によるものだからです。構造色とは、ものの構造が生み出す色のこと。(詳しくは、東京理科大学の吉岡伸也先生の「キラキラメイクと、チョウの輝きの深遠な関係」をお読み下さい)
 

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(図1)ヤマトタマムシの翅は、ほとんどが緑色の構造色です。また、左右に緑色か ら赤色まで変色した帯状のパターンがあります。これは多層膜構造の層の厚みの違いによって反射する光の色が異なる為です。

自然界には、複雑な構造色を持つ生物がたくさんいます。その中でタマムシの翅は、数百ナノメートルという薄い膜が幾重にも重なった多層膜構造をしています。玉虫厨子の装飾にも使われたヤマトタマムシの翅(図1)には、緑色の部分と赤色の部分があります。浜松医科大学の針山教授らの研究グループは、翅の断面を透過型電子顕微鏡観察により、白い層と黒い層が交互に繰り返す多数の層構造になっており、緑色の部分と赤色の部分とでは、層の厚みが異なっていることを明らかにしました。

 

このように、タマムシの翅は、薄い膜が規則的に積み重なることで、各層の表面で特定の色(波長)の光だけを選択的に反射します。また、反射する光の色は、層の厚みによって変わります。ヤマトタマムシの翅の色が緑から赤まで変化しているのは、層の厚みの違いで通る光の距離が長くなったり短くなったりするからというわけです。現在、このタマムシの多層膜構造を真似た製品が、包装用シートや塗料として市販されています。

 

タマムシの発色のしくみを解明して、模倣タマムシの実現に成功

私たちはこれまで、タマムシの発色のしくみの解明と、それを模倣する研究を行ってきました。その中で、私が模倣タマムシの実現に成功したのは、次のような方法です。

 

まず、大きさが0.2ミクロンmという微小なポリスチレンと呼ばれる高分子の粒子を合成します。1つ1つの微粒子は水の中で均一に分散しており、牛乳のような白い液体になります。このような状態の粒子を「コロイド懸濁液」と呼びます。微粒子は周りの液体の分子と絶えずぶつかり合いブラウン運動をしているため、沈殿することはありません。また、白く見えるのは、微粒子が光をあらゆる方向に散乱させているからです。

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(図2)コロイド懸濁液を基板の上で蒸発させると、自然と微粒子同士が規則正しく並びながら、積み重なります。

 

このコロイド懸濁液を基板の上で蒸発すると、不思議なことに、自然と微粒子同士が規則正しく並びながら、積み重なっていきます(図2)。電子顕微鏡で観察すると微粒子が最密にパッキングされていることが分かります(左の写真)。このような規則構造した微粒子の集合体は、特定の波長の光だけを反射するため構造色が発現します。この現象は、虹色の特有の色が美しい宝石のオパールと同じ原理によるものです。

 

さらに、その微粒子を固定するため、微粒子と微粒子の間をシリコンゴムで埋め固めます。ところで、積層している微粒子の規則構造はヤマトタマムシの翅の多層膜構造のように反射する光の色は、微粒子の大きさを変えることによって、制御することができます。ポリスチレンの直径0.2ミクロンm程度の微粒子がシリコンゴムで固定されていると、ちょうどタマムシと同じ緑色の光を反射します(図3)。直径をより大きくすると赤色、より小さくすると青色の光を反射するようになります。また、微粒子と微粒子の距離を変えることでも、同様に構造色の色を変えることができます。これは、タマムシの翅で言うところの、多層膜の層の厚みの違いによって色が異なるのと同じしくみです。

 

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(図3)ミドリフトタマムシ(タイ原産)の形をしたエポキシ樹脂の模型の表面にコロイド粒子を積層し、人工タマムシを作ってみた。本物のタマムシの色に近い構造色を実現しているのが分かります。(左は模倣した人工タマムシ、右は本物のミドリフトタマムシ)

 

模倣タマムシを使った研究はバイオミメティックという異分野融合の新しい学問領域の研究です。浜松医科大の針山先生のプロジェクトで研究を進めています。

 

タマムシシートの色の変化で、コンクリートの亀裂が一目瞭然に

さて、話を社会インフラとタマムシの翅の関係に戻しましょう。この薄膜は、プラスチックや金属、木材などさまざまな材料にコーティングすることができます。私の研究グループでは、ゴムシートにコーティングしてみました。このゴムシートを伸び縮みさせると、色が大きく変化します。何故なら、微粒子と微粒子の間隔、つまり層の厚みが変わるからです。

 

そこで、私はこの薄膜を、プラスチックの薄いシートにコーティングしたタマムシシート (フォトニックシート)を、社会インフラの老朽化の度合いの判断に使えないかと考えたのです。タマムシシートをコンクリート製のトンネルや橋の表面に貼っておけば、地震などによって亀裂が生じた際にはシートが大きく変形し、そこの部分の色が変化するため、 亀裂が生じた箇所がすぐに分かります。

 

実はコンクリート構造物は、亀裂さえ入らなければ、100年でも老朽化することはありません。コンクリートが老朽化するのは、亀裂の間から水や海水が入り込み、中の鉄骨を腐食させるからです。鉄骨は腐食すると体積が増え、内側からコンクリートを押します。その結果、内側からも亀裂が発生し、老朽化していくのです。

 

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タマムシシートの色の変化で、コンクリートの見えない亀裂も、いち早くキャッチ。

ところが厄介なことに、地震などによってコンクリートに亀裂が入ったり、以前から亀裂していた箇所が大きく動いたとしても、その箇所は、すぐに元の位置に戻ってしまうため、パッと見、亀裂が入っているかどうか判断がつきません。しかしタマムシシートを貼っておけば、亀裂が入った箇所が一目瞭然で分かります。崩落の危険がある建造物をいち早くキャッチすることができるのです。

 

この5年間、土木研究所、広島大学と共同研究を進めてきました。タマムシの翅が、安全・安心な社会の実現に貢献してくれる日が来るのも、そう遠くないかも知れません。

 

(文・構成/山田久美)