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10月のストウ庭園に落果する、甘酸っぱく美味しいリンゴの味。

10月のストウ庭園は、私にとってとても良い思い出があります。それは、いつものように除草作業をしていた時のこと。スタッフの誰かが「リンゴがなってるよ」と教えてくれました。働き始めて2か月も経つのに広い庭園内にはまだ知らないエリアがあり、この時、私は果樹園のコーナーの近くで作業していたのです。果樹園にはすでに数人のスタッフが引き寄せられて木々を見上げ、そこに赤い実がたくさんなっていました。木々は結構背が高く、実には手が届きそうにありません。

 

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ストウ庭園の果樹園。落果してもすごく美味しかった!

でも、中には下を向いている人もいて、地面に落果した実をちゃっかり拾っているのでした。「虫食いもあるけど、ジュースにすればかまわないのさ」といって両手にかかえるほど拾っている人もいます。それじゃ私もと、きれいなのを拾って帰りました。そのリンゴの甘酸っぱく美味しかったこと! その果樹園は、特に誰も世話をしていた様子もないのですが、ガーデナー冥利につきる出来事でした。

 

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作業中に見つけたチェスナット

リンゴだけではありません。庭園にはチェスナットの木もいくつかありました。日本の栗と概ねよく似ていて、イガの中に粒の実を含んでいます。庭園のサウス・ヴィスタ(南方向にフォーカルポイントを設けた緑地帯)東側に、チェスナットの大きな木が一本あり、作業の合間に、栗を集めたことがあります。それは、庭の自生種として苗木にする目的で拾いましたが、休憩時間には自分たちの分として拾って少し持ち帰ることができました。この頃、私はドイツから来たインターンシップの女の子と一緒にハウスシェアをしており、彼女が生のチェスナットの皮に切り込みを入れ、アルミ箔に包み、1時間ほどオーブンに入れて焼き上げる方法を教えてくれました。素朴な方法ですが、焼きたてあつあつの香ばしい実は甘くホックリ! 最高でした。

 

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庭園の芝生に生えたフェアリー・リングのキノコ

ストウのスタッフの中にはキノコ名人がいました。この時期、彼は昼休みになると作業場の裏手のどこからかブラウンマッシュルームを見つけてくるのです。結構大きくてとても美味しそう。うらやましい限りでしたが、誰もついていかなかったところを思うと、それは彼の特権だったように思います。でも、もっとわかりやすい場所で誰でも見つけられるのもあって、「妖精の輪(Fairy Ring)」と呼ばれる白くてひょろっとしたキノコがありました。妖精の輪というのは、そのキノコ群が円環状に並んで発生するので、妖精が踊ったあとだと見なして付けられた名前です。そのキノコをバター炒めにすると良いという人がいたので、採って試してみましたが、風味がほとんどなく歯ごたえも頼りないものでした。

 

さて、リンゴ。イギリス人家の裏庭に植えてある状況によく遭遇します。気候風土が栽培に適して、美味しく育つのでしょう。先のリンゴジュースを作るために抱えるほど持って帰った人にもびっくりしましたが、イギリスでは身近に愛される果物であるらしく、お昼のデザートに供されたり、おやつに持ち帰られたりというような場面によく遭遇したものです。日本のリンゴと比べると、サイズも程よく手のひらにおさまる小ぶりなので一人で食べ切るのにちょうど良い。ストウ庭園でもスタッフがリンゴをかじって、種を庭のしげみにポイっと投げちゃう場面に遭遇すると、あれれ、いいの?と認識が変わったものです。

 

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そんなイギリス人と庭とリンゴの深い関係を垣間見たのが、リンゴの日「アップル・デイ(Apple Day)」というイベント。一言でいえばリンゴ収穫祭でしょうか。10月半ばのこと、ストウ庭園近くにあるサルグレイヴ・マナー(Sulgrave Manor)という場所の案内チラシに引かれて行ってみることにしました。そこは初代アメリカ大統領ワシントンの生誕の地としても知られる庭屋敷。ストウほどの規模はありませんが、かわいらしく古風な庭や果樹園があり、この日は、リンゴの絞りたてジュースやら、シードルやら、美味しい料理やらの出店で賑わいます。

 

おもしろかったのは「あなたの庭のリンゴの品種同定」コーナー。テントにずらりと並べられたリンゴはそれぞれ品種が異なり、参加者が自宅の庭にあるリンゴと比較したり、専門家に相談したりして、自分が何という品種を育てているのか調べましょう、という趣旨でした。みんな、いつも美味しいリンゴを庭から採って食べている割に、品種については知らないのでしょうか。

 

とはいえ、テントにずらりと並んだリンゴはおそらく百種類以上はあったでしょう。日本に流通しているリンゴとは桁が違います。「自宅のリンゴを持ち寄って見比べてみましょう。」という案内だったので、自分のリンゴの系統がわかると嬉しいとは、なかなかおもしろい発想だなあと思ったものでした。ちなみに、わたしがイギリスでよく食べたのはコックス(Cox)と青りんごのグラニースミス(Granny Smith)。休日の旅行の時には、よくバッグに入れて虫養いにしていました。

 

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ハンベリー・ホールのノットガーデン

 

ボランティア用に発行されたフリーパスを持って、ストウ以外にもナショナル・トラストが運営管理している他の庭園にも出かけると、中には果樹園も多くありました。ウスターシャーにあるハンベリー・ホール(Hanbury Hall)は、放牧地からアプローチに入ると立派なノット・ガーデン(低木の生垣を幾何学模様で刈込み、その中に草花をあしらった装飾花壇)が目に入り、裏には果樹園、長閑な草地など、バラエティ豊かな庭が配置され、心地よい変化が楽しめるところでした。

寒冷なヨーロッパで、オレンジを始めとする南国から来た植物などを集め、育てるために建てられた数々の温室=「オランジェリー」。

ここの果樹園もまた、リンゴの木の列植があり、この中の品種に「Newton Wonder(ニュートンの驚き・奇跡)」という品種があって、楽しい思いで眺めた記憶があります。そして、この庭の別の一画には、かなり大きな「オランジェリー(Orangery)」の建物があります。

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ハンベリー・ホールのオランジェリー

 

この「オランジェリー」、パリのオランジュリー美術館も有名ですし、ヨーロッパ全土に見られると思いますが、ある意味イギリスの庭文化を知るうえで欠かせない特徴の一つといって良いかもしれません。ケンジントン宮殿のオランジェリーなどは、瀟洒なティールームに改装され、ロンドン観光のおすすめスポットの一つですね。

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ケンジントン宮殿 © Leonid Andronov – Fotolia.com

 

かつてのイギリスの「オランジェリー」とは、レンガ建築などに暖房を付けて温室としての機能をそなえ、寒冷なイギリスの屋外では通常育たないオレンジを始めとする南の国から来た植物などを集め、育てるための建築物でした。いわば、現在のキューガーデンに見られるようなガラス温室の前段階の形態であり、かつての帝国の植民地支配による版図拡大にともない、海外から植物を採集し、植物学の知見を押しあげたプラント・ハンティングに大きく関わる遺構です。今から見れば、庭の中にはるか遠くからの植物を持ち込むことで、憧れの南の光を取り入れようとした証しですね。

 

翻ってストウ庭園はというと、オランジェリーは「マナジェリー(menagerie)」の一部として敷地の一角にあったようです。マナジェリーも異国の珍しい動物や、標本を集めた建物だと言いますから、これもイギリスの博物学の余波として、プラント・ハンティングと軌を一にするものです。

 

イギリスの裏庭に根付いたリンゴと珍重された憧れのオレンジ。甘くほろ苦いオレンジマーマレードも捨てがたいのですが、この季節はリンゴの懐かしく滋味深い味を味わうことにしましょう。