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 2015年11月6日は、二十四節気の「立冬」。まだ紅葉が始まっていない地域も多く、冬というよりは晩秋の趣。しかし、木枯らしが吹き、北国からは初雪の便りが届くなど、季節は着々と冬に向かって進んでいます。神社に行くと、晴れ着に身を包んだ七五三の子どもたちの姿がちらほら。さらに季節が進めば、酉の市が行われ、年の瀬ムードが漂い始めます。
 

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大菊 © akiyoko – Fotolia.com

 さて、この季節に私たちの目を楽しませてくれるのが菊の花。秋の花の代表選手である菊は、人の手によって手間をかけて栽培される、生きた工芸品です。品種改良を繰り返して作り出された古典菊や、支えがないと姿勢を保てない大菊、そして何度も剪定をして思い思いの形に整えていく小菊…。神社の境内や公園などで開催される菊花展を訪れると、それらの職人技にただ感嘆するばかり。春の花の代表選手である桜が、ひとたび植えられた後はさほど人の手を借りずに花を咲かせるのとは対照的ですね。
 

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古典菊 © inoumasa – Fotolia.com

菊がこの季節に花を咲かせるのは、短い日照時間にならないと花をつけない「短日植物」だから。でも、お葬式や法事、和風の結婚式などで1年中菊の花を使うので、菊が秋の花だとは思わない人もいるかもしれません。菊の花が季節を問わず流通しているのは、夜間も電燈で菊を照らし、開花時期を遅らせる「電照菊」という栽培法が確立されているからです。つくづく、菊は人の手によって手間をかけて育てられ、しなやかに人の一生に寄り添う花なのだということを実感します。
 

食べられる花、菊。刺身のつま、菊酒、そして目によいという「菊花茶」。

 さて、菊は鑑賞するだけではなく、食べられる花、すなわちエディブルフラワーとしても有名です。刺身につまとともに菊花が添えられているのを目にする人も多いことでしょう。中国茶の中には「菊花茶」も存在します。これは乾燥させた菊にお湯を注いでいただくお茶のことです。
 

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菊の原産地は中国の浙江省。「お茶博士」こと大妻女子大学名誉教授の大森正司先生によると、浙江省はお茶の生産地でもあるので、いつの間にか菊かお茶として飲まれるようになったのではないかとのことでした。
 
菊は、古くから漢方の材料として使われており、ビタミンEを多く含んで目の疲れに効果が期待できます。秋の夜長に読書をすると、空気が乾燥していることもあって、目がかすみがち。そんなときには、目によいとされる菊花茶を飲みながらゆったりと読書タイムを楽しむといいのかもしれません。
 

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菊花茶の魅力は、目でも楽しめるお茶だということです。熱湯を注ぐと、お湯が菊花にしみこむにしたがって、次第に花が開いていく様子が観察できます。菊花茶の花の色は赤系もあれば黄色系もあり、色とりどりです。菊の色素はフラボンで、赤シソなどの色素であるアントシアニンとは違い、pHによって色が変化しにくいという特徴があります。
 
花が開いたところで菊の香りを楽しみ、その次にお茶を口に含んでほろ苦い味を楽しむ。そして、お湯がなくなればもう一度お湯を足して、底にたまった濃い抽出成分を二煎目として味わうことができます。見た目も香りも楽しめて、味は何度も楽しめるというお茶なのです。
 
菊花茶で使う菊の種類や、加工の仕方は実にさまざまです。甘い味わいの物もあれば、ほろ苦いものもあるので、多くの菊花茶のなかから、好きなものを探してみてはいかがでしょう。緑茶やウーロン茶とブレンドして苦味をやわらげることもできます。
 

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 お茶は、ひとりでゆっくりと楽しむのもよいのですが、友人との語らいにも欠かせません。そういえば、ティータイムは洋の東西を問わず社交の時間でした。熱湯を注ぐことで動く茶葉を見つめながら、飲みごろを迎えるまでおしゃべりを楽しむことが、ティータイムの醍醐味でもあったのです。お茶は体にいい飲み物ですが、気の置けないおしゃべりは心の健康をももたらしてくれるのです。
 
好きな茶器やお茶、お菓子を選び、あかりの演出をして、ゲストをいかにもてなすかはホスト側の腕の見せ所。毎日時間に追われていると、ついゆっくりお茶を楽しむ時間もおろそかになりがちですが、たまには贅沢なお茶の時間を楽しみたいと思う今日この頃です。
 
 
 
取材協力先:
大森正司
1942年宮城県生まれ。大妻女子大学家政学部名誉教授、大妻女子大学「お茶大学」校長。日本茶普及協会理事長、日本食行動科学研究所長、㈱大妻フーズ代表取締役。1970年東京農業大学大学院博士課程修了。農学博士。専門は食品化学、食品微生物学。『日本茶・紅茶・中国茶・健康茶』(日本文芸社)、『緑茶の驚くべき効用』(チクマ秀版社)ほか、著書多数。