© taniho - Fotolia.com

実際には触っていないけれど、触っている感じ。僕は「擬似インタラクティブ」と呼んでいたんですけれど、そういうものが作れないかと試行錯誤しました。

連載1回目の記事はこちらーー「安室奈美恵MVで使われた「視覚が生み出す触感」ってなんだ?――触覚とクリエイティブの未来(1/3)」
 
―― 安室奈美恵さんの「Golden Touch」のMVが話題になりました。あれはどのような経緯で作られたのでしょうか?
 
川村:ミュージックビデオには、音と関係ない映像を好き勝手に作るタイプのものも多いんですが、僕の場合はアーティストの音楽の世界やコンセプトをなるべく守りつつビジュアライズするタイプで、歌詞やタイトルから発想を膨らませます。「Golden Touch」というタイトルから、触れてインタラクティブに楽しめる映像表現だと、曲とシナジーのある世界が作れるのではと当初考えました。

touch1-m2

川村真司(かわむら まさし)
クリエイティブ・ラボPARTYクリエイティブディレクター/共同創設者。数々のブランドのグローバルキャンペーンを始め、プロダクト、テレビ番組開発、ミュージックビデオの演出など活動は多岐に渡る。カンヌ広告祭をはじめ数々の賞を受賞し、アメリカの雑誌Creativityの「世界のクリエイター50人」やFast Company「ビジネス界で最もクリエイティブな100人」、AERA「日本を突破する100人」に選出。

 
ただ、今回は完成したビデオをDVDにも入れることが条件だったんです。だから、(ウェブ上で)インタラクティブなものを作ってもDVDではその面白さが再現できなくなるからダメかもな、と。
 
でも、「触れる」というコンセプトは間違っていない気がしたので、映像だけで触れる感覚を作ろうと、発想の転換をして、実際にはインタラクトではないただの映像なんだけれど、触れた感覚を視覚だけで再現できないかと考えました。実際には触っていないけれど、触っている感じ。僕は「擬似インタラクティブ」と呼んでいたんですけれど、そういうものが作れないかと試行錯誤しました。
 
―― DVD化するという制限があったから、「擬似インタラクティブ」という今回の表現につながったのでしょうか?
 
川村:結果的にそうですね。Webで完結してよいのだったら、ウェブで見るようにして全く別の表現になっていたかもしれません。DVDだとインタラクティブにはできなくて、純粋なビデオコンテンツにするしかないという制約で、この表現にたどり着いたのかなと。こういうことは意外と多くて、時に制約は面白い表現につながったります。
 
インタラクティブなミュージックビデオはこれまでもたくさん作ってきましたが、インタラクティブな操作の方に意識が持って行かれてしまい、曲に集中できないという人もいたりして、賛否両論なジャンルになっています。そういうインタラクティブなものに自分自身も少し飽きてきたのもあって、シンプルなビデオにしたほうがおもしろいし、参入障壁も低いからより多くの人に届くんじゃないかと。
 

 
 
渡邊:MVの中で、グッとくるところが何箇所かありました。「何」が動くかという点だと、小鳥の足の爪の鋭さはとても触覚的ですね。指先にとまったときに、小さな細い尖ったものが指先に触れた感覚があります。また、「どう」動くかだと、将棋のコンテンツがとても興味深いです。将棋の駒に指を置いて駒を押す感覚を作るためには、バックグラウンド(将棋板)を動かすのですが、そのとき駒も微妙に動いてるのです。視野の中で図(駒)と地(将棋板)がうまく整合性をもって動いている。そうすると、より自然に触感を感じられる。
 

touch1-m1

© olvius – Fotolia.com

 
川村:そうなんです。目の錯覚を補助するようなあれやこれやを全篇細かく計算して仕込んでいます。大きな所では、触っている対象物をわかりやすくするためにカラーバックのシンプルな世界観にしたりとか。将棋のシーンの将棋盤のグリッドのように、移動を補助するためにパチンコのシーンでは飛んでいく背景に雲を挿入していたりとか。耳から旗を引っ張り出すシーンも、一回耳の方に旗を拾いに行ってから引っ張りだすことで、何に指が吸着しているかが理解しやすくなったり。ひと目で指が何に作用しているか理解できることで、錯覚が起こりやすくなるのではと考え試行錯誤しました。
 

最初は200個くらいのシーンを考えて、そこから50くらいに絞り、最終的には20数個に絞りこみました。

―― そういうのは、試行錯誤の積み重ねでできるのですか?
 
川村:試行錯誤ですね。どういう映像が一番触った感じがするのかとか、どういうタイミングでリアクションが発生するといいのかとか、1回外れてからもう1回のらないと触った感じにならないとか、横移動だけでなくズームインを加えるといいとか、夏休みの科学実験みたいにいろいろ試していきました。最初は自由なスケッチから始まって、その後擬似的な指の動きを元にシングルタップ、マルチタップ、スライドなど、カテゴリーに分けていきました。そして同じカテゴリーのものが続くと面白くないから、どういう構成にするかを想定しながら、コンテを詰めていきました。最初は200個くらいのシーンを考えて、そこから50くらいに絞り、最終的には20数個に絞りこみました。
 
動きの機微で触った感覚の強弱が決まると思ったので、撮影は映像に余白をもたせて行い、画面の動かしは後で編集で行いました。そのおかげでギリギリまで細かい調整ができ、納得できるクオリティの仕上がりにもっていけたと思っています。
 
渡邊:そういう知覚実験でしたら、お手伝いできたのに(笑)
 
川村:すみません…もっと早くにお会いできていればよかった。(笑)
 

touch1-b2

 
―― 触覚の研究者からしたら「やられた」という感覚もあります。
 
渡邊:視覚で触覚的な効果をつくるウェブコンテンツ自体はたくさんあって、多くは研究者がつくっていますが、それは商業的に使われているわけではなく、研究者の間で閉じているように思います。一般の人には届いていません。
 
川村:なるほど。僕はたぶん、「Golden Touch」の技法自体はそんなにエポックメイキングなことじゃないと思ってました。やはり研究分野では過去にやっている人がたくさんいらっしゃるのですね。今回は歌詞のコンテキストに合っていて、安室奈美恵というビッグアーティストだったことの組み合わせが新しく感じられてバズる要因になったのかなと思います。
 
渡邊:実際にプロダクトとして出ているのがいいなあと思って。ところで、自分も昔こういう実験をやってました。
 

「Background-based Pseudo-Haptics Demo」
 
川村:ああ、おもしろいですね! 大好きです、こういうの。
 
渡邊:指ではなくマウスカーソルを使ったものですけれど、主観的な輪郭にカーソルがぶつかっても引っかかる感じがするとか。研究者はこういう現象自体はいろいろ知っているので、ぜひどんどん使ってください!
 
 
ーー後編へ続きます。
 
 

(文・構成/長倉 克枝)