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触感は、最も研究が進んでいない分野といわれてきましたが、最近では感性工学、感性情報学、ハプティクステクノロジーなど、さまざまな研究や実験が試みられています

触覚とは、圧覚や痛覚を含めた体性感覚全体を指します。他の感覚が目・鼻・口という特殊器官を媒介とするのに対し、触覚は身体全体から感じる情報であり、そもそもひとまとめにして語るのは難しいテーマといえます。また、「好きな人に触られると嬉しいけど、嫌いな人に触られると不快」といったように、感覚刺激は同じでも知覚(意味を持つ情報)レベルにおいては個人差・状況差が大きい面もあります。さらに、資生堂研究所の傳田光洋氏(2013)の指摘によると、人類は体毛を失った分、それ以前の進化の過程で有していた表皮の機能を取り戻していて、他の霊長類と異なる皮膚感覚を持つややこしい存在なのです。

 
このため触感は、他の感覚器官と比して最も研究が進んでいない分野といわれてきました。しかし、最近では感性工学、感性情報学、ハプティクス(触覚)テクノロジーといった領域などにおいて、さまざまな研究や実験が試みられてきています。マーケティングへの応用としては、特に店頭行動の研究において顕著であり、触覚が製品評価の中核的要素になる商品(枕カバーなど)は接触機会を拡大することが望ましい、といった結果も出ています。また商品への接触動機は購買に大きな影響を及ぼしており、朴宰祐氏(2013)の調査によると、「物質主義者」「自信の低い人」「女性」においてはその接触動機が強いとのことです。

 
ただし今のところ、触感(テクスタイル)をブランドの一要素とみなす戦略フレームが確立しているとはいえません。よってここでは、商品化の具体的事例を帰納的に分類することで、触感のデザインにつなげている方法論を4つの角度から考察してみたいと思います。

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触感デザインの代表的なものとして、ユーザビリティ向上のための工業デザインやパッケージデザインがあります。バリアフリー対応の点字や触読記号などは、ユニバーサルデザインの面から考案されたものです(© stefanoferrario – Fotolia.com)

触感とは、モノと身体との接触した際の触覚だけでなく、
視覚・聴覚・記憶・言語などにも影響される心の働き

 
第一には、工業デザインやパッケージデザインにおけるユーザビリティ向上のための触感デザインがあげられます。

 
私たちの身の回りをちょっと見渡しただけでも、シャンプーとリンスを手触りで識別できる触覚記号、目覚まし時計の大きめのアラームボタン、歯磨き粉の中身を最後まで使い切れるラミネートチューブ、ペットボトルの滑り止めの縦みぞを入れた樹脂キャップなど、さまざまな形で工夫された商品・パッケージが登場してきています。また、中央部に凹みをつくることで持ち運びや注ぎを楽にしたペットボトル、バリアフリー対応の点字や触読記号などは、ユニバーサルデザインの面から考案されたものです。
 
実は多くのモノには、利用者が「仕方ない」と諦めている不便さ・不快さで満ち溢れています。身の回りの商品においても、例えば「缶飲料と唇」「湿布薬と皮膚」「マスクと紐をかける鼻」などの触感には、大いに改善の余地があるはずです。また商品利用といっても、運搬、開封、収納・保管、詰め替え、小分け、着脱・清掃・洗浄、修理、カスタマイズ、廃棄…といった多様なシーンを想定しなければなりません。触感要素をどうデザインしていくかは、「ものづくり」の現在進行形の課題のひとつといえましょう。
 

高品質を感じさせる触感をつくりだすために、表面加工や新素材開発が成功を収めています。さらには、技術ブランディングによって付加価値化を図る戦略も求められています

第二には、表面加工や新素材の開発による高級感・上質感の付与策です
 

例えば、化学繊維業界における人工皮革、表面加飾用フィルム、木質触感フィルム、機能性不織布などの技術は、商品の見た目だけでなく、高品質を感じさせる触感をつくりだすことに成功しています。

 
また印刷業界では、エンボス(浮き出し)やデボス(空押し)による凸凹感、フロッキー印刷によるふわふわ・モコモコ感、発砲印刷・UV厚盛り印刷・バーコ印刷による表面の盛り上がり等が、パッケージの手触りの良さや質感を生みだしています。さらに、印刷・加工、素材・インキ、製版・刷版などを総合したコンバーティング技術によって、高意匠表現やテクスチャー感を創出しています。

 

日産自動車では、ユーザーの感じる触り心地のメカニズムを解析し、車両の内装用にさまざまな高触感素材を開発しています。そのうち、赤ちゃんの肌のような柔らかく心地よい触り心地を実現した合成皮革 “ソフィレス”は、高級車フーガのアームレストなどに採用されているだけでなく、他社へのライセンシングも行なっています。

 
触感は素材に依存する面が大きいのは事実ですが、高級素材を使用してコスト高になりました、というのでは消費者の支持を失います。新素材や表面加工はそこをカバーする技術といえますが、そうはいってもイミテーションという評価からは脱しきれません。従って「クラリーノ」(クラレ)「エクセーヌ」(東レ)のように、技術ブランディングによって付加価値化を図る戦略も求められてきます。

 
第三には(第二の要素とも関連しますが)、技術開発や機能性の追求によって触覚上の付加価値を生み出しているケースです。
 

い・ろ・は・す『ビッグドロップ』篇より

 
ペットボトルを潰せる快感が爆発的ヒットに繋がった日本コカ・コーラ「い・ろ・は・す」、ダイヤカット缶の手触りが楽しめるキリン「氷結」、絹のような感触を持ったティッシュ・日本製紙クレシア「羽衣」、ユニクロと東レの共同開発による滑らかな感触の肌着「エアリズム」、滑らかな書き味で三菱鉛筆「ジェットストリーム」、さらさらした透明感で脚になじむアツギのストッキング「アスティーグ澄」、ボタンの安心・確かな押し応えが支持されたシャープの携帯電話「ガラホ」など、ヒット商品につながった例も多々あります。衣類や寝具、インテリアなど、人の身体に直接触れる商品分野では、こうした取り組みは不可欠といえます。
 

これらは「心地」「風合い」を生み出した商品開発の事例といえます。ものによっては、利用者がやみつきになる状態をつくりだすこともできます。ちなみに化粧品選びでも、最近では「使用感・使い心地」を重視する人が圧倒的に多くなっています。「あなたが思う美しい肌・髪とは?」という質問に対しては、「指触り」や「まとまり」といった触感を支持する人も増加傾向にあるとのことです。(@cosme調査/2015.6)

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商品に触れた際の体験が、他の感覚器官との組み合わさると、独特の気分がうまれます。この「クロスモダル(共感覚)ユーザー体験」が、ブランディングにつながっていきます(© Vojtech Herout – Fotolia.com)

ただし「使ってみないとその良さがわからない」では、なかなか販売促進につながりません。そこで「触覚」と、それを伝達する「言語」(特にオノマトペ=擬態語、擬音語)とのかかわりも考えておくべきポイントです。「さらさらドライシート」(ユニ・チャーム)、「デオナチュレ足指さらさらクリーム」(シービック)、「ふんわり楽ちんメガネ」(東京スターメガネ)、「さくさく剥ける」(矢崎エナジーシステムの電線)などは、商品名に直接オノマトペを適用した例です。
 
第四には、クロスモダル(共感覚)性に着目した触感ブランディングの例です。
 
触感とは、モノと身体との接触した際の触覚だけでなく、視覚・聴覚・記憶・言語などにも影響される心の働きであるといえます。従って、商品に触れた際の体験が、他の感覚器官との組み合わせによって独特の気分を味わえるようにしていく試みが有効なのです。この「共感覚ユーザー体験」こそが、ブランディングにつながるという発想です。
 

「触覚」と「聴覚」が組み合わされた事例として、ジッポライターの手触りと開閉音、ハーレーダビッドソンの振動と排気音、アップル製品のマルチタッチスクリーンと操作音などを挙げることができます。霜柱を踏みつけたときの「さくっ」という音と足の感触や、手動の鉛筆削りの手応えと「ごりっごりっ」という音などは、子供のころの快感体験でしたが、こうしたところにもヒントが隠されているように思います。「無限プチプチ」(バンダイ)は、気泡シートを潰すときに生じる手触りと音の快感そのものを商品化した例です。
 

Zippo「NightWatchman」より

 
また、「触覚」と「視覚」の組み合わせは相性がよいと言われています。山本洋紀氏(京都大学大学院)の研究によると、人間の脳は「目で触り、手で見る」かのような振る舞いをするとのことです。ふかふかのマフラーを見たときには触覚野も働き、触ったときには視覚野でも識別していることが実験でわかっています。米国では「ベルベットの手触りのワインボトル」が商標として認められていますが、このようなタイプのブランディングはこれからもっと追究されてもよいはずです。思わず触りたくなる見た目、ということです。

 
「触覚」と「嗅覚」とは縁が薄い感じもしますが、表面を粗く加工した紙に男性的な香りを付与すると(つまり、触った感じと香りが一致すると)、被験者は紙の手触り感が強まるといった実験(Krishna et al./2010)もあります。

 

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触体験開発という考え方がいま、注目されています。商品・サービスだけでなく、ユーザーの行為(体験)そのものをデザインするという視点が必要になっています(© sea and sun – Fotolia.com)

最後にひとつ、触体験開発への視点を挙げてみたいと思います
 
筧康明氏(インタラクティブメディア研究者)らによれば、触感の創造は商品そのものの物的要素を変えることで生じますが、もう一方でユーザーの身体(接触部位、面積、頻度、方法、力・・・)の側を変えてみることで、新しい文脈をつくりだすことができます。例えば、足で操作できるマウスがあれば、PC作業をしながら下半身の運動をするという、新たな生活行動が生み出されるでしょう(接触部位の変化)。初代iPodは、あえて「磨く」というユーザー行為を要請することで、ブランドへの愛着を芽生えさせることに成功したといわれています(接触頻度の変化)。従って、商品・サービスだけでなく、ユーザーの行為(体験)そのものをデザインするという視点が必要になってくるわけです。

 
冒頭にも述べたように、触感・触体験のブランディングはまだこれからの領域ですが、だからこそ他社との差別化を可能にするエキサイティングなテーマともいえるでしょう。

 
 
 

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