© Eri Hosomi

豊島区池袋ーー世界一周の旅に出発する前夜、燈(あかり)は気の知れた友人たちと、馴染みの中華料理店で酒を酌み交わしていた。

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「乾杯!」という声と同時に、鈍い音が店内に響き渡る。ビールがなみなみ入ったジョッキで殴り合いの喧嘩が始まったのだ。頭から血を流したオトコたちはすぐに、店の外に引きずり出される。
 
店のある通りには「平和」という名がついている。しかし燈がこの地に住んで4年とちょっと、旅立ちを前に思い出すのは、その名に似つかわしくない光景ばかりだった。
 
引っ越してきた当日のこと。購入したばかりのガステーブルやなにやかや必要品を抱えて歩いていると、怪しげな2人組が前方から近づいてきていた。ヨレヨレのスーツにオールバック、今時あまりお目にかかれない、古典的なチンピラだ。しかし前もろくに見えなかった燈は、気づくのが遅れてしまう。ぎりぎりのところでその進路を避けようとするが、荷物の重みで、素早く動くこともできない。

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案の定というべきか、燈は2人組にぶつかってしまう。と、ぶつかったその衝撃で、男の眼鏡が宙を舞う。パリーン。
 
「よー兄ちゃん、この眼鏡、高かったんだよ」
 
眼鏡の弁償を求めるそのオトコはしかし、「高かった」と言う割には、「あるだけでいいから」と不思議な優しさをみせた。結局、要求されたのは7,000円。高いのか安いのかよく分からない額だった。
 
そんな苦い思い出も今では笑い話。店でビールと中華をつまみながら、燈は最高の気分に浸っていた。
 
日本人好みに調整されていない、媚びない味を提供し続ける店がこのエリアには多く存在する。そんな強気な姿勢の店とどこか怪しげな独特の雰囲気こそ、燈がこの街に4年以上住み続けた理由だ。
 
連日連夜、常連客で賑わうこの店は週末になると、とりわけ中国系の家族連れの姿が目立つ。大皿料理も1,000円前後で、日本に移住してきた人たちが家族で週末を楽しむのに丁度いい価格帯なのかもしれない。

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燈はもちろん、店内でしきりに飛び交う日本語以外の言葉はわからない。まるでここは池袋ではなく中国のどこかで、自分のほうがよそ者になったかのようである。でもそれは決して、嫌な感じではない。その店にいると燈は、不思議なほど気兼ねのないリラックスした気分になれるのだった。
 
店内の賑わいに、家の向かいに住んでいた中東系のおばちゃんが、大音量で民族音楽を流しながらベランダでペルシャ絨毯をばんばん干していたことを、ふと思い出す。恐らくその国のポップスかなにかなのだろう。
 
意味の分からない言葉とメロディの奔流。当時はその曲が何なのか気にもならず、今も特に知りたい訳でもない。しかしそれはなんだか心に残る、カラフルなノイズだった。

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世界はもっと、カラフルなノイズで溢れているに違いない。そんなことを考えていると、燈のテーブルに牛すね肉と牛ハチノスの麻辣味が運ばれてきた。酒と暴力にまみれたいつもと変わらない賑やかな夜に、燈は1人、ホッとした。

How to:

いつも手にしているスマホカメラで撮影する時の、ちょっとした工夫ひとつで、切り取った思い出は驚くほど息づかい溢れるワン・シーンに。カメラマンほそみえりが、その秘密を少しずつ教えます。
 

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Tips1:
乾杯前の気持ちの高ぶりを伝えるために、コップを持つ人の目線に合わせたアングルから捉えたい。瓶をなるべく水平に保つことで、コップと瓶をバランス良くフレーム内に収めることができる。背景に料理やビール瓶などを配置するだけで、より賑やかな雰囲気を演出してくれる。
 

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Tips2:
テーブルの上にある取り皿や瓶はラフに配置する。写真のためにテーブルを奇麗にし過ぎると不自然な写真になるため、テーブルについた水滴はあえて残すといい。低めのアングルでテーブルの隙間をなるべく写さないように捉えるだけで、テーブルの賑わいが伝わる写真に。
 

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Tips3:
スプーンに料理を少しとり、大皿料理の「ミニ版」をつくる。焦点を1点に集めることで、料理の素材や色などがより強調される。立体感を意識した盛り方にするだけで、店内のライトを反射しやすくなり、料理のテリっとした質感を表現することができる。
 

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Tips4:
赤や緑の具材も一緒に盛ることでスプーン上の彩りを意識する。スプーンから少し溢れるくらいにソースをたっぷりめにとり、汚れ過ぎていない取り皿の上に置く。温かいながらも「最後の夜」らしいどこか寂しい雰囲気を演出するために、背景にはビールのコップをひとつだけ入れ、画面全体をシンプルにまとめる。