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視覚表現の実験はこれまでも常にやってきたし、これからもドンドンやっていきたいくらい好きですね。

連載2回目の記事はこちらーー「クリエイティブ・ラボPARTY 川村真司さんとの対話 [前編]――触覚とクリエイティブの未来(2/3)」
 
 
―― 川村さんのルーツや背景は、どこからきているのでしょうか?
 
川村:アートや映像はきちんとは勉強してこなくて、大学(慶応義塾大学)ではプログラミングを学んでいました。SFCという場所だったんですが、佐藤雅彦先生の研究室に一期生として入りました。ご本人のことも知らず、電通もどこかの電気屋さんかなくらいな気持ちでいたのですが、何故か入ることができて、そこでものをつくるおもしろさや、発想法を学びました。

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■川村真司(かわむら まさし)
クリエイティブ・ラボPARTYクリエイティブディレクター/共同創設者。数々のブランドのグローバルキャンペーンを始め、プロダクト、テレビ番組開発、ミュージックビデオの演出など活動は多岐に渡る。カンヌ広告祭をはじめ数々の賞を受賞し、アメリカの雑誌Creativityの「世界のクリエイター50人」やFast Company「ビジネス界で最もクリエイティブな100人」、AERA「日本を突破する100人」に選出。

そのなかで映像表現が好きな自分に気づき、アニメーションやその原理を分解したりして理解し直すことから始め、それが今のスタイルのベースになっている気がします。視覚表現の実験はこれまでも常にやってきたし、これからもドンドンやっていきたいくらい好きですね。
 
渡邊:佐藤先生とは一度、一緒に仕事をさせてもらったことがあります。「“これも自分と認めざるをえない”展」(21_21DESIGN SIGHT、2010年)の時に、自分の心臓の音を聞きながら映像を見ると、映像の中の人の緊張が伝わってきた気がするという体験型展示(「心音移入」、安藤英由樹+渡邊淳司+佐藤雅彦、2010)を作りました。展示を考えるとき、佐藤先生にアイデアを持って行くのですが、ほとんど全部ダメだしをされ、また行って出すということの繰り返しでした。
 

 
川村:アイデアについては本当にシビアな方ですよね。ゼミもそういう感じで鍛えられました。一生懸命案を考えてプレゼンするのですが、見事にダメだしをされ、さらにサラッともっと面白いアイデアを言われるので「なにくそ」と。なので、僕はずっと「打倒・佐藤」をスローガンにしていました(笑)
 
 
―― 触覚に注目したきっかけは?
 
川村:自分の中での2つの興味がたまたま重なりました。映像的な視覚表現では、だまし絵とかに興味がありました。映像のテクニックを駆使したギミッキーな作品が大好きで、それを体系的にまとめたいと思って、NHKの「テクネ」という番組を作らせていただいてたりします。一方で、個人的にはスクリーンの中だけの表現ではなく、プロダクトとか体験できる表現に興味がシフトしてきています。つまり、映像でやっていたインタラクティブなものを、リアルな世界に置き換えてみたらもっとおもしろいことができるんじゃないかと。
 
IoTとかは実は好きじゃないんですけど、コンピュータが埋め込まれたデバイスやオブジェクトが身近になったときに、どこにどうおもしろい価値を埋め込んでいけるのかなと。そういうインタラクティブな空間体験に興味が向いています。学生時代に佐藤先生のゼミのほかにインターフェイス系のゼミにも通っていたんですが、アフォーダンスとか、デザインと感覚の関係性とかを考えるのが当時から好きでした。今回のMVはその頃からの興味がひとつの形になったのかもしれません。
 

 
最近では、ハプティックディスプレイにも興味があって、今飽和状態にあるディスプレイ上の表現で、どうやったら第三の感覚を加えられるのか。それが匂いなのか、触覚なのか、いろいろトライしている最中です。
 
渡邊:研究者もそういうところに興味を持って研究をしているのですけれど、研究者って、「ディスプレイ作ります」と言ったら、すごくよい解像度や精度でディスプレイを作ることができるんですが、多くは粗さを感じるとか、硬さを感じるとか、現象を作って終わってしまうんです。
 
川村さんのやっていることが研究者の立場から見ておもしろいのは、現象を知った上で、それを目的に合わせてデザインしているし、伝える技術にしている。当たり前かもしれませんが、どういう循環で何を誰にどう届けるのか、というところにとても意識的ですね。研究者のやっていることをそういうところにも持っていけたらと思っています。
 

新しい感覚を喚起する道具。そういうのをもっと増やせるといいなと思います。

川村:それはすごくいいな、と思っていて、僕もそういうことをやりたいんです。僕はクリエイターの側ですけれど、「研究者の側にそういうものがあるのなら教えてよ! いくらでもそこからおもしろいアイデアを考えられるのに!」と思います。そういう協働が増えるとおもしろいですよね。
 
知り合いがディズニーリサーチという研究施設にしばらくいたのですが、そこでやっていることがすごくおもしろいんです。ぱふっと空気が送られてきて、空中にタッチしているようなものとか(*1)。くやしいなあ、と思います。新しい感覚を喚起する道具を作っているんですから。研究施設だからこそできる表現だと思うんですが、そういうのをもっと増やせるといいなと思います。
 

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―― アートやサイエンスとの関係は?
 
川村:メディアアートって、見るのは好きなんですけれど、僕が作りたいのはそれよりもっと硬派に、実際に役に立ったり、コンテキストに依存しない新しさがあったり、社会にとって新しい価値を提示できるものです。だから基礎研究的な技術を、より広く知ってもらうために、エンターテイメント性で包んであげて世の中に提示できるといいなという思いはあります。
 
渡邊:僕も一般の人の前で展示をすることがあるのですが、表現というよりは、「世界はこうなのでは?」と、実験的な体験を通して問いかける装置を提供している感じです。なんと分類してよいのかわからないのですが、表現ではないところで、そういうものが広がっていくといいなと思っています。
 
川村:それはすごく同感です。研究発表に近いというか。「アートは社会のR&D(研究開発)の一部」だと言う人がいて、僕はそれにすごく賛同するんです。ひいては社会や文化になっていくものを作るのがアートだと。それは科学のR&Dにも近い。薄皮一枚の違いなんだけれど、自己表現にとどまらず、もうちょっと仕組みがわかったり、それが種となってより大きなものにつながったりしていくようなもの。科学で発表しても、アートで発表しても、もはや科学的検証実験の結果ではないのか、というものもあるし、それらの境界線は徐々に曖昧になっていますよね。
 
渡邊:アートでも、科学でも、おもしろいものには、どちらの人も同じものにどこかでひっかかる。
 
川村:それがもっと意識的に橋渡しできると、おもしろいんじゃないかなと。
 

サイエンスとアート。もともとプロセスは似ていて、異分野というほど違う分野ではないと僕は思っています。

 
―― 感覚の仕組みやサイエンスを使ってクリエイティブをやっていく、という流れはあるのでしょうか?
 
川村:今話題になってきています。そこの越境、サイエンスとアートをもっとブリッジすべきだろうと。もともとプロセスは似ていて、異分野というほど違う分野ではないと僕は思っています。サイエンティストもアートっぽい発想をするし、アーティストもサイエンスっぽい発想をします。テクノロジーがツールとして一般化してきているので、その延長線上で考えるといろいろなものがクロスオーバーします。アーティストが、リサーチの時間があれば試してみたいと思う知識がサイエンス側にたくさんたまっていたり、サイエンティストが、もっと柔軟に捉えていれば思いついたのにという発想がこちら側にはたくさんころがっていたりします。
 
渡邊:それは日本と海外で違いがありますか?
 
川村:あんまり違わないですね。みんな同じような苦労を抱えています。判っているけど中々そういう機会を作るのが難しい状態です。
 

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世界的にはMIT(マサチューセッツ工科大学)やカーネギーメロン大学とかでやっている実験や表現が一番理想に近いでしょうか。企業ではGoogleやMicrosoftですかね。Google GlassやProject Jacquard、Hololensをつくったり。組織の内側ではやっているんですが、ムーブメントとしてはまだ成功できていない。サイエンスハックデイとかアートハックデイとかでやりはじめてはいるけれど、いきなりパブリックでオープン過ぎる。もう少しプロ同士の中で、ガチンコでやったほうが結果的におもしろいものが生まれる気がします。そこの肝心なところがまだ繋がれていないというか、交われていないのがもったいないと思いますね。
 
プロデューサーでも、そういうのを専門でやる人も出てきていて、例えば、知り合いの林口砂里さんはそういうことをやろうとしています。国立天文台と、アルマ望遠鏡で観測した宇宙のデータを元にオルゴールとCDを作りました。彼女のビジョンに基づいて、僕らがアートサイドを担ったんですが、そういう個人レベルでは協業が始まっているので、これがもっと広がっていくといいな、とすごく思いますね。
 
 
*1 インタビュア注 日本でも名城大で以下のような研究が行われている。
http://vrlab.meijo-u.ac.jp/research/ScentProjector/index-j.html

(文・構成/長倉 克枝)