桃色と白の覆輪が優しげなツバキ’隠れ磯’ (c)Yukari Fujitsu

ストウの冬はさぞ寒かったでしょう、とよく聞かれます。イギリスの平均気温などを見ても日本より寒いのは確かなのですが、ストウで雪が降ったのは年末の一度きり。昔はもっとよく降ったとストウの住民はわたしに教えてくれたものです。

イギリスの庭に魅せられた一人、ガーデナーの朝山まり子さんは、冬の庭園にこそ、見るべき庭の色と形に出会ったそうです

クリスマス前からはじまったストウの冬休みは1月1日で終わり。正月を重視する日本と違うところですが、2日はお客さんもなく職員の出勤も少なめ。まったりムードの仕事はじめでしたが、前日の冷え込みで雪が凍って日を照り返し、庭は普段と違う表情になりました。
 
1月のストウは、霜が降りたり、水辺にかかった靄に感心したり、かと思うと時雨や曇り空の下で伐採枝の処分をしたり、さもなくば透明な空の光が冴え冴えと庭を照らしたり、そんな日々の混合でした。確かに、落葉樹の林は褐色の枝先を空に伸ばしていましたが、寒い中にも芝生の緑は冬の水を溜めて青々としていたのです。
 

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1月2日の雪のストウ(c)Yukari Fujitsu

冬にこそ鑑賞するウィンターガーデン。そんな言葉があると教えてくれたのは、ガーデナーの朝山まり子さんです。植物に対する圧倒的な知識と深い愛情をお持ちで、飽くなき探求心から山岳写真も撮り続けており、去年は東京の写真ギャラリーが主催するEMON AWARD 4 Exhibition において展示作家として選出されました。彼女もまたイギリスの庭にも魅せられた一人ですが、何度となく訪れたイギリスの庭で、冬にこそ見るべき庭の色と形に出会ったそうです。そして自らの文章と写真で「The Winter Garden(ウィンターガーデン)」という一冊の本にまとめられました。
 
キュー植物園、アングルシー・アビーやケンブリッジ大学植物園など、イギリスのいくつかの庭を訪ね、美しい冬の世界に目覚めた朝山さんの写真と文章は、植物の織り成す得難い色と形に出会った好奇心と喜びに満ちています。いわくウィンターガーデンは、「冬咲きの花だけではなく、落葉樹で特に幹肌や枝が美しいもの、常緑の葉の色、枯れた色合い、木の実の赤い色や霜の降りた凍った色など、冬ならではの色彩」や「庭の構成、幹や枝の形、葉のかたまりを上手く使って」いるのが特徴と言います。そして凛として清々しいシラカバ並木の小径や、ヤナギの仲間の鮮やかな黄褐色の枝ぶり、スノードロップの群生や、枯れた草葉の輝きなどを紹介してくれました。
 
この本に紹介されたカラフルで親しげな庭は、ストウの風景式庭園の時代より後の価値観によるデザインかもしれません。しかし、樹林下に広がるスノードロップや、バラ色に枝を伸ばしたサンゴミズキなどはストウでも見覚えがありました。そして、イギリスのガーデニング雑誌を見直すと、冬を鮮やかに彩る木々を紹介したり、デザイナーのダン・ピアソンが種をつけながら枯れいく草の写真を発表したり、ウィンターガーデンという概念で思い当たる節があるのです。
 

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コムラサキのかわいらしい実 (c)Yukari Fujitsu

翻って日本でもきっとウィンターガーデンが成立するのではないか。そんなふうに冬の外歩きをしてみると、植物を見る目が変わってきます。例えばユキヤナギやヤマブキ。京都市内だと鴨川沿いの公園に植えられ、珍しくありませんが、冬にだけ見られるユキヤナギの燃え立つ朱色やヤマブキの瑞々しい萌黄色は花よりも驚いてしまいます。また花自体見逃してしまいがちなコムラサキも、小さな紫色の粒を見るととても綺麗で立ち止まってしまいます。
 

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クロガネモチにも霜が降りた (c)Yukari Fujitsu

もちろん常緑の緑になる実もウィンターガーデンに欠かせません。クロガネモチなどモチノキの仲間には赤い実をつけることがあります。葉に霜が降りかかると、いつもと少し違う風情が加わっています。寒さを耐え忍びつつ色に深みが増すようです。ミカンやレモンなどの柑橘類も、この時期は明るい黄色が丸くぼんぼりのように冬空に映えてステキです。
 
また、霜は草花に降りて小さな氷の粒で光を散乱させ、日常の世界を特別な空気で包みます。エノコログサのようなありふれた草も、凍った朝の光の乱反射から、ふと立体的に立ち上がり存在を際立たせる様子がたまりません。
 

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霜の朝のエノコログサ (c)Yukari Fujitsu

 
霜の朝といえば、水もまたおもしろい冬の庭の要素になります。うちの庭にはハスの水鉢があります。ある朝凍った水を見ていて、あっと思いました。うっすらとですが、氷の表面に六角の星のような筋が規則正しくついていたのです。うちの水鉢でこのような美しい模様がついたのは後にも先にもこの時一日かぎりでしたが、氷晶の一種と見て良いようです。

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ハス鉢にできた氷晶 (c)Yukari Fujitsu

 
また、水と緑のありかを示して、ひっそりとしていながら光る存在が冬のコケです。教えてくれたのは、元宮内庁庭園技官の「庭守」こと川瀬昇作さんでした。川瀬さんの撮った大宮仙洞御所の写真には、露を含んだ苔が瑞々しく緑をなし、赤茶に詫びた草葉との鮮やかな対照をなしていました。コケは水分を感じると、葉を広げて水分を吸収し、つやつやになります。乾燥しがちな冬の環境下ではコケは休眠していると思っていたので、川瀬さんから真冬のコケの生き生きとした緑色を教えられたことは大変な驚きでした。庭という条件を奇貨として露を集めて精一杯生きる姿がそこにあったのです。
 
一月の庭は、これ見よがしな花も少なく、植物をめぐる生物の活動量も地味で、寂しげにとらえてしまいがち。でも、ウィンターガーデンに発見する色は、少しでも光を多く取り入れようとする葉緑素の色だったり、冬をしのぐため貯めた栄養素の色だったりします。一月こそ、庭の命が輝く季節なのですね。