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五感の中で、味覚は特に共感覚で考えねばならない面があります。見た目、香り、温度、硬度などが大きく影響し、他の感覚の言葉で代替表現されることが多いためです

最近、中国原産の味「怪味(かいみ)」が話題になりました。甘味、塩味、うま味、苦味、酸味の5原味に辛味と痺れが加わった味とのことで、キユーピー「怪味ソース」の売り切れ店が続出するなど、ちょっとしたブームにも発展しました。味覚の分野で新ブランドをうまく立ち上げた事例と思います。

 
五感の中で、味覚は特に共感覚で考えねばならない面があります。味覚は「味」に対する感情のことを指しますが、味だけが感情を生み出しているわけではありません。見た目(視覚)、香り、温度、硬度、歯や口腔内の感触などが大きく影響し、他の感覚の言葉で代替表現されることが多いためです。

 
従って「おいしい」「うまい」というだけでは訴求にはつながらず、おいしさを別の五感でどう伝えていくか、そこを考えていくかが味覚ブランディングのポイントになるわけです。怪味のケースでは「痺れ」がそれにあたります。味に加えて、痛覚に訴えることで、新たな魅力を引き出したのです。

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おいしさの本質「コク」には3つの層があります。第一は、動物としての生存のための無条件の快楽記号。第二は匂いで味わう嗜好。そして第三のコクは、文化として洗練された味覚です。第三のコクに、ブランディングの答えが潜んでいます(© Paulista – Fotolia.com)

これからの五感ブランディングには、五感を総合的にデザインする
「クロスモダル」なセンスが必要

 
伏木亨氏(龍谷大学教授)の研究によると、おいしさの本質「コク」には3つの層があります。

 
第一のコクとは、動物としての生存のために栄養素の存在を感じる無条件の快楽記号です。これを感じさせるのは、油脂や糖やうま味を豊富に含む高カロリー食品です。最近、「ヤバい」でおいしさを表す人が増えていますね(大学生などは何を食べても「ヤバい」と言います)。これは言い換えると「論理的には説明できないけど、とにかくうまい」ということになります。この濃厚な味わいが、コクの中心部に存在することに異論を唱える人はいないでしょう。このコクは一般的に、「絶品」「リッチ」「言葉にできない」「パンチが利いた」「幸せを感じる」「贅沢な」といったポジティブな表現で伝えられることが多いはずです。
 
しかしヘルシー志向が定着した今日においては、常にプラスの記号として機能するわけではありません。従って、このおいしさに軸を置く食品群は、非日常的な生活シーン(自己報酬的な食事、高級レストラン、パーティー、旅先、B級グルメ、ギフト等)におけるポジショニングが求められます。ザ・プレミアム・モルツ(サントリー)の「金曜日に飲むビール」などは、その模範例です。

 

サントリー「ザ・プレミアム・モルツ『金曜日はプレモルの日。』」篇より

 

第二のコクとは、嗅覚で味わう「嗜好」を指します。これは口から鼻に抜ける風味(レトロネーザル香)のことで、学習によって後天的に確立されたおいしさのことです。目隠しのうえで鼻をつまんで食事をしてもらう実験では、食材を言い当てることが難しいという結果があらわれています。匂いは、味覚に大きな影響をもたらすのです。
 
香りは視床を経由せず、直接前頭葉に到達するため、長期記憶として変質しにくいといわれます。この領域でブランド化を考えるとすれば、「ふるさとの味」「おふくろの味」「家庭料理」「母の愛情」といった疑似体験の訴求という形となるでしょう。「おふくろ小鉢」(日本水産)や、「あのなつかしの中華そば」(キンレイ)、「岩手ふるさと米」(JA岩手ふるさと)、「おばあちゃんのぽたぽた焼」(亀田製菓)、「愛情むすび」(ファミリーマート)などのネーミングがそれに該当するでしょう。「学校給食で食べているあの味のカレー」(ハウス食品)、「昭和の味わい」(サンヨー食品)を商品名にした例もありました。

 

しかし第一第二のコクは、根源的・保守的な味覚の要素であり、マーケティング努力が功を奏する範囲もそう大きくはないと考えられます。従って、食品・飲料製品の大半は、次に示す第三のフィールドでのブランディングを志向していく必要がありそうです。

 
第三のコクとは、人間の文化として洗練された味覚です。これは言い換えると「食感」ということになります。第一のコクが動物的味覚、第二のコクが幼児の味覚であるとするなら、第三のコクは大人の味覚ということになるでしょう。
 

最近の調査では、「食感系」の言葉の影響力が強くなっています。「ジューシー」「ふんわり」「とろける」といった感覚的訴求が、「味覚系」「情報系」よりも効果があるのです

おいしさを表す言葉を「味覚系(スイート、香ばしい、濃厚な・・・)」「食感系(もちもち、ふわふわ、シコシコ・・・)」「情報系(朝採り、季節限定、焼き立て・・・)」に3分して、どの言葉に反応するかを調査したケース(BMFT/2009)があります。調査結果によれば、若い女性は「食感系」、年齢の高い女性は「情報系」、男性は「味覚系」においしさを感じているとのことです。そして大きな潮流としては、「食感系」の言葉の影響力が強くなっている、という結果が示されています。「トクホ」(技術ブランド)、「北海道の味覚」(地域ブランド)、「モンドセレクション」(エンドーサブランド)といった情報よりも、「ジューシー」「ふんわり」「とろける」といった感覚的訴求のほうが、少なくとも若い女性には効くということです。

 
食感表現とは、歯や口腔内の皮膚感覚(触覚、痛覚、温覚、冷覚、圧覚)か、食べたときに生じる音(聴覚情報)のことを指します(これらは空気伝導だけでなく、骨伝導でも捉えられています)。そして、前者は「あつあつ」「トロトロ」、後者は「コリコリ」「さくさく」といったように、食感系の言葉の多くは、オノマトペ(擬音語、擬態語)で表されます。よって、今日の食品ブランディングにおける最大の課題は、味のオノマトペ化による食感表現といえます。

 
例えば、「ふわふわスフレ」(山崎製パン)、「えびぷりぷりフライ」(ケンタッキーフライドチキン)、「もちもちすいとん」(はくばく)のように、食感表現をそのままブランド名にする方法があります。また明治のスナック「じゃがチーズ」のキャッチフレーズ「サクサクのじゃがいもスナックの中からチーズクリームがトロリン!」のように、オノマトペ表現を軸とした味覚体験をブランド価値の中心に据えるという戦略も考えられます。

 

ケンタッキーフライドチキン「気になるぷりぷり」篇より

 
ただし食感表現は多様であるものの限界もあり、それだけで知覚品質に変更を与えるのは難しい面もあります。また、仮に新しいオノマトペを開発するにしても、市場の共感が生じるまでには時間が必要なため、成立させるには相当の投資と根気が求められます。食感表現と情報系の言葉の組み合わせなどを通じて、丁寧にオリジナリティの高い味覚表現を志向していく必要があるでしょう。なお「ジュージュー」「コトコト」など、調理音のオノマトペ化も有効な策です。

 

最後に、今日的な消費環境における味覚ブランディングのあり方を考えてみます。
 
ひとつは、味と視覚との関わりの深さについてです。脳の視床下部では、味覚刺激とともに視覚中枢が自動的に働くことが知られています。
 
和菓子のデザインや和食における「五色」の演出、盛り付けや器へのこだわり、ショーケースの中の食品サンプルなど、もともとわが国の食文化は「視覚」と強い関わりがありました。

 
最近ではキャラクター弁当、オニオンリングタワー、絵の具メシ、ラテアート、パンケーキデコレーション・・・などのように、食を目で楽しむ傾向も多様化してきています。「マンガ飯」「映画飯」など、視覚コンテンツを味で追体験したいという志向も強くなっているようです。食品に、独自の視覚的インパクトを与えることに加え、パッケージデザインやグルメサイト、レシピサイトにおける「シズル表現」(泡、水滴、湯気、動きなどを通じたみずみずしさ)の重要性を改めて認識する必要があると思います。

 

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グルメサイトやSNS等で消費者自身が画像を掲載する行為が日常化してきているなか、食品産業や飲食店にとっては、こうした消費者をどう味方につけていくかが重要になってきます(© gpointstudio – Fotolia.com)

一方、消費者が自ら調理したものや飲食店で注文したものを撮影し、グルメサイトやSNS等で画像を掲載するといった行為が日常化してきています。食品産業や飲食店にとっては、こうした消費者をどう味方につけていくかが重大な関心事になってきました。「一億総グルメレポーター」と言われる昨今ではありますが、問題は「撮影技術の未熟さ(=まずそうに見える)」と「流通するコトバの陳腐さ(=ありきたりの表現)」にあるように思われます。画像共有アプリとして注目を集めているInstagramなどには写真の補正機能もあり、撮影技術に関しては技術の力でどうにかなりそうな気もします。残るはコトバの表現能力のほうです。味覚の言語化によって、おいしさは記憶として定着します。商品の食感を表すコトバを、巧妙に流通・増殖させていく戦略の必要性を、今後のひとつの課題として挙げておきたいと思います。

 
このように味覚ブランディングについて考えることは、他の感覚を総動員しなければならない面があります。やはりここでも、「クロスモダリティ(感覚間相互作用=ある感覚の情報から他の感覚の情報を補完して認知・解釈する特性)」がキーワードになってくるのです。平林千春氏(マーケッター/元東北芸術大学教授)が主張するように、これからは五感を総合的にデザインするクロスモダルデザイナーのような人材が求められてくるのは間違いないと思います。

 
 
 

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