京都府立植物園のスノードロップはなかなかの見ごたえ (c)Yukari Fujitsu

暖冬といわれる今年、先日ようやく私のまちに雪が積もりました。うっすらと降り積もる屋根を眺めると、何か透明な静けさと同時に高揚感があります。街の雪景色といって私が好きなのは、池田揺邨の「雪の大阪」。1920年代のモダン大阪に薄絹をかけたような優美な鳥瞰図で、中之島のランドマークを各所に配置し、冬の街を空想散歩するような楽しさがあります。
 

ロンドンはコロンビアロードのフラワー・マーケットは、冬でも華やか

そしてイギリス・ロンドンの街の冬。街を歩いていると、夏の賑わいにはかないませんが、いいなあと思ったことがひとつあります。それはコロンビア・ロードのフラワー・マーケットです。
 

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コロンビアロードは冬でも華やか (c)Yukari Fujitsu

毎週日曜日に開かれる花市場ですが、切り花が中心の出店は数がとても多くて、色とりどりのきれいな花が路上にずらりと並びます。年中やっているマーケットなので、おそらく春・夏のほうが花数も人手も多いのでしょうが、世界から集められた色鮮やかな花をあれやこれやと見ていると、無彩色な冬に彩りが添えられ、心がうきうきします。通りの両側はカフェや雑貨店やガーデニングショップなどオーガニックを意識した店も多く、ロンドン観光にはオススメのスポット。日本では朝顔市などが有名ですが、毎日曜ごとに生花を扱う市場は無いでしょう。生活を豊かにする花の存在を意識した体験でした。
 

ピクチャレスクなウィンターガーデンから、春待つ雪景色へ

春先取り気分でロンドンから戻ったストウ。こちらは、すっかり葉を落とした木々の梢を見上げると、鉛色の雲から時折雨が落ち、しなびた落ち葉を濡らしていく。相変わらず、「ピクチャレスク」な世界が繰り返される日々に少し飽きてきた頃・・・ややっ!?
 
落ち葉からのぞいた小さな白い花。それは夜空の星にも似てひっそりと、でも見つけた人にその存在の光を放っています。そして星は一つではありませんでした。星は、ここにも、そこにも。広がっているのです。それが、スノードロップとの出会いでした。ふんわりと開いた花びらに包まれたカップは緑の斑紋をほんのりのぞかせており、丈の小さな葉の色も瑞々しく、清楚な美しさに心打たれます。

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スノードロップとウィンターアコナイト (c)Yukari Fujitsu

 
嬉しや春のしるしと、白の点在を愛でていると、スノードロップ以外にも小さな花のチカっと光るのが、ガーデニング作業中の目の端に捉えられるようになりました。ウィンターアコナイトと呼ばれるキンポウゲ科の花。ヒガンバナ科のスノードロップが細長い葉を土中から突き出すのと対照的に、切れ込んだ葉を天に向かって広げ、その上に黄色い花を乗せています。
 
そして、スノードロップはやがて樹々の下の絨毯になりました。私のなんと無知だったこと。ずっとこの庭の草を刈り、夏から冬を見渡して知った気になっている間、スノードロップの群生は、球根としてずっと土の中に隠れていたのです。樹々に囲まれて覆いつくすように咲いたスノードロップは、普段見慣れていたはずの場所を特別な舞台にしました。

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(c)Yukari Fujitsu

 
イメージは違いますが、『赤毛のアン』に白樺の木々がサークルのようになっていて、アンが魅せられる場面をなんだか思い出させたのです。その光景をみなさんにお見せできればどれだけいいか。でも肉眼だと一つ一つが光り輝いているスノードロップの群生を、写真で上手に撮影することはできませんでした。
 

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突然存在を現したストウ邸前のラッパ水仙

立春、啓蟄と、冬も時間を進めていきます。ある日、エリジアン・フィールドのチェスナットの近くで作業をしていると、屋敷の前を飾るように咲くラッパズイセンに気づきました。見事な大輪で、レモンイエローの花色がさわやかです。ニホンスイセンもステキですが、こちらの華やかさも捨てがたい魅力があります。
 
またクリスマスローズも忘れられません。といっても、ストウに植えられているのは、イギリス自生種のHellebores foetidus。ヘレボルスとはクリスマスローズのラテン名ですが、こちらの通称はstinking hellebore、またはbear’s foot、つまり「臭いヘレボルス」、「クマの足」なんて、ちょっと可哀想な名前です。

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クリスマスローズ原種、通称クマの手

 
切れ込んだモミジ葉は大きく、丈高く、花色も草葉の陰で目立たない緑色をしており、葉や茎を切ると確かに独特の青臭い香りがあります。巷で流通しているクリスマスローズの可憐な姿とはかなり違いますが、常緑で野趣ある姿は原種らしい渋い魅力を放っており、おもしろいものです。
 
 
 
冬にいち早く早春を予感させる花といえば、日本ではスイセンのほかにロウバイがあります。どちらも爽やかで快い香りがあり、傍にいてふと香りを嗅ぎ分けた時の気分は格別です。そして、スノードロップもとても良い香りがするのだとか(ストウにいた時はよくわかりませんでした)。
 

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香りとともに春をいち早く告げるロウバイ

 
これらの「良い香り」とは人を喜ばせる以外に何を意味するのでしょう。同じく晩秋から春に咲くサザンカやツバキは香ることがありますが、これは鳥を呼んで花粉を運んでもらうためです。真冬は虫の活動を期待できないこともあるのでしょう。花が大きいことも鳥の重さを支えるつくりになっています。一方、ロウバイ、スイセン、スノードロップは花が小さく鳥には向いていません。となると、やはり虫媒花なのだということになります。この時期、ミツバチは活動できなくても低温下で活動できる虫たちがいることを、これらの花たちは知っているのです。啓蟄とは言い得て妙ですね。

冬に香る花々は、寒い季節に活動できる虫たちの存在を知っているのです

 
日本に帰ってきてからの私は、まだスノードロップを育てたことはありません。インターネットを見ればたくさんの園芸家が上手に育種しておられるし、京都府立植物園でも本当に見事に植えておられるのを見たことがあります。でも私にとっては、ストウで見たような、イギリスの林の下に広がる雪のような輝きこそ、スノードロップの風景としてふさわしいように思えて、まだ手が出せないのです。