写真提供 東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設

すりぬけていく存在、幽霊粒子の「ニュートリノ」

 私たちが存在する宇宙は、いくつもの素粒子からできています。現在発見されている素粒子は全部で17種類あります。ニュートリノも、当然、この中に含まれています。この宇宙の中にはたくさんの素粒子が存在していますが、粒子の数ではニュートリノがたくさんあります。
 
 例えば、私たちの体や星や銀河などをつくっている陽子や中性子をこの宇宙に均一に並べていくと、1辺が2mの立方体の中に1個ずつしか存在しないのですが、ニュートリノを並べていくと、同じ立方体の中に30億個も存在するといいます。
 
 ニュートリノは、この宇宙の中のいろいろな場所でつくられていて、地球にもたくさんやってきます。その数は1平方cmあたり1秒間に660個にものぼります。ということは、私たちの体を1秒間に約1兆個ものニュートリノが通過していることになるのです。
 
 これほどたくさんのニュートリノが私たちの体を通過しているにもかかわらず、日常生活の中で私たちはニュートリノの存在に気づくことはありません。それは、ニュートリノが他の物質とほとんど反応しない粒子だからです。だからこそ、ニュートリノは私たちの体だけではなく、地球すらもすり抜けてしまいます。そのため、ニュートリノは存在感のない幽霊粒子といわれているのです。
 

世界トップクラスのニュートリノ研究施設、岐阜県飛騨市神岡町にあるスーパーカミオカンデ

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スーパーカミオカンデの入り口。この扉を通って、スーパーカミオカンデが設置されている実験区域の中に入っていく。 撮影:荒舩良孝

 日本には世界トップクラスのニュートリノ研究施設があります。岐阜県飛騨市神岡町にあるスーパーカミオカンデです。スーパーカミオカンデは、神岡鉱山の地下1000mの場所につくられた研究施設で、本体は直径39.3m、高さ41.4mの巨大な円筒形のタンクです。このタンクの内側には光電子増倍管という直径約50cmの巨大な光センサーが11129本も並べられています。ここに5万トンもの水が蓄えられ、ニュートリノ観測をしているのです。

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写真提供 東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設

 
 でも、とても反応しにくいニュートリノをどうやって観測しているのでしょうか。秘密は、大量の水と光電子増倍管にありました。ニュートリノは確かに、他の物質と反応しにくい粒子ですが、まったく反応しないわけではありません。何かの物質を大量に用意することで、そこにニュートリノがぶつかることがあります。スーパーカミオカンデは、大量の水を使ってニュートリノがぶつかったときの様子を観測する装置なのです。
 
 ニュートリノが水の粒子にぶつかると、チェレンコフ光という特殊な青い光を発生させます。その光を光電子増倍管がとらえることで、タンクの中にニュートリノがやってきたことを知ることができるのです。ニュートリノとの反応で放出されたチェレンコフ光は、タンクの内側に並べられた光電子増倍管に届くまでの間にリング状に広がります。そのリングを分析することで、ニュートリノがどの方向からやってきたものなのかを知ることができます。
 

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スーパーカミオカンデの巨大なタンクの上部につくられたスペース。この真下で、ニュートリノがとらえられている。

 
 ニュートリノは、実は、地球の大気でも発生しています。宇宙からやってくる高エネルギー粒子である宇宙線が、大気中の酸素分子や窒素分子などとぶつかると、ニュートリノが発生するのです。梶田隆章博士のグループは、スーパーカミオカンデを使って、大気で発生するニュートリノの数を調べたところ、スーパーカミオカンデの真上で発生したニュートリノの数よりも、真下で発生したニュートリノの数の方が少なかったことがわかったのです。
 
 そして、その原因は、真下からやってくるニュートリノの種類が途中で変化したことにありました。このことを理解するには、ニュートリノについてもう少し詳しく知らなければいけません。
 
 今まで単にニュートリノとよんできましたが、ニュートリノは、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類あります。今回、数が少なくなったのはミューニュートリノだったのです。
 

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神岡鉱山地下の坑道。山の中に掘られた坑道は、外からの光の入らない暗闇の世界の中にある。  撮影:荒舩良孝

 
 スーパーカミオカンデは、神岡鉱山の地下1000mの地点にあります。真上から来るニュートリノは神岡鉱山から10〜30km上空で発生してそのままやってきますが、真下からのニュートリノは地球を通り抜けてやってくることになります。その距離は、12000km以上になります。その間に、ミューニュートリノの一部がタウニュートリノに変化してしまったのです。
 

3種類のニュートリノのうち、ある種類のニュートリノが他の種類のニュートリノに変化する現象を「ニュートリノ振動」といいます。

 スーパーカミオカンデは電子ニュートリノとミューニュートリノをとらえることができるのですが、タウニュートリノをとらえることができません。そのため、ミューニュートリノの数が減ったように見えたのです。
 
 ミューニュートリノがタウニュートリノに変身するように、ある種類のニュートリノが他の種類のニュートリノに変化する現象をニュートリノ振動といいます。スーパーカミオカンデは世界で初めて、このニュートリノ振動をとらえ、ニュートリノに質量があることを証明したのです。梶田隆章博士は、この研究で大気ニュートリノ解析のリーダーを務めました。その功績をたたえられ、2015年にノーベル物理学賞を受賞しました。
 
 ふだん、私たちはニュートリノの存在に気づくことはありません。しかし、科学の発展によって、ニュートリノと水がぶつかったときにチェレンコフ光が発生することに気がつきました。そして、チェレンコフ光をとらえる装置をつくり、ニュートリノの存在や性質を明らかにしています。科学者たちのたゆまぬ努力に頭が下がる思いです。