いかにしてその土地ならではの環境を感じさせるか リゾート地に求められるあかりとは

自然豊かな場所に立地するリゾート施設では、都会の喧騒や人工物の中では感じることのできない、その土地ならではの環境を感じられることが求められます。それは、太陽が降り注ぐ日中はもちろん、夜間でも例外ではありません。光のささない夜の中で自然環境を感受するためには、緑や川や海などの景観を明るく照明してはっきりと目で知覚すれば良いというわけではないのです。広大な自然環境の大部分は闇の中にあり、人が滞在したり散策したりするために特定の箇所を明るくすれば、そのあかりが強くなればなるほど、周囲の闇は対照的に深く感じられ、知覚しにくくなります。
 
私たちの研究室では、長野県の蓼科高原において、なるべく自然本来の暗さを保ちながら、その場所の自然環境の特徴を体感できるような屋外照明の改修に取り組みました。
 

夏は避暑地、冬はスキー場 リゾートタウン蓼科

蓼科高原は、長野県茅野市北部に位置する標高900m~1,800mの低山及び亜高山地帯です。夏季(8月)の平均最高気温は約25℃と冷涼で、平均湿度も30%~40%と低いことから、本州の有数な避暑地として親しまれています。春から秋には、野草や花々、野鳥をはじめとする多様な生物を求める人々で賑わいます。また冬季には、良質の雪を利用したスキー場に多くの人が訪れ、季節を通してスポーツを楽しめる観光地域になっています。
 

図1 「東急リゾートタウン蓼科」の配置図

図1 「東急リゾートタウン蓼科」の配置図

計画地であるタウンセンターは、蓼科高原に位置する664万㎡の広大なリゾート施設(東急リゾートタウン蓼科、以下リゾートタウンと表記)の中心地域です(図1)。リゾートタウンは八ヶ岳中信越高原国定公園に指定されていて、4つのホテル、8つのペンション、ゴルフ場・スキー場に加え、1000棟以上の別荘・コテージを擁する複合リゾート施設です。タウンセンターは観光道路であるビーナスラインに面したリゾートタウンの入口より道程5kmほどの地点に位置します。リゾートタウン全体の施設管理を担う事務所、レストラン、土産物屋などがあって、昼夜を問わず多くの利用客が行き交います。
 

改修前のタウンセンターのあかり 蓼科に穏やかな雰囲気を取り戻すには

図2 昼間のタウンセンターの様子。雪解け水が流れる。

図2 昼間のタウンセンターの様子。雪解け水が流れる。

図2にタウンセンターの昼の風景を示します。対象地を東西に分断するように清流が流れていて、その流れに向かって土地が傾斜しています。川を囲むようにして高低差のある遊歩道が整備され、事務所の周囲からレストランへと続く起伏の高い部分にはウッドデッキがあり、ベンチやテーブルが設置されています。昼間は森林浴を楽しむ利用者が川の近くまで降りていく様子がみられます。この周辺は蓼科高原特有の、高さ20m程のカラマツや白樺など、背の高い樹木が林立しています。
 

図3 改修前の夜間の様子。周囲の自然環境が全く感じられない

図3 改修前の夜間の様子。周囲の自然環境が全く感じられない

改修前の夜の風景は、高さ6mの白色LEDポール灯によって形成されていました(図3)。この明るい光は、タウンセンターの中で灯具そのものが目立つことになり、自然環境やリゾート施設としての穏やかな雰囲気を阻害しているように感じられました。

 

「自然景観」を感じること、「散策」を促すこと、「空間把握」を助けること あかりづくり3つの骨子

図4 リゾートタウンの考え方。散策路の周辺にあかりを分散する。

図4 リゾートタウンの考え方。散策路の周辺にあかりを分散する。

図4に改修するあかりの概念図を示します。「自然景観」を感じること、「散策」を促すこと、「空間把握」を助けることを3つの骨子にしました。全体の明るさを抑え、小さなあかりを適度に分散させることで、景観認識と散策を促すことを目指しました。建物やウッドデッキといった人工的な構造物よりも、高低差のある地形や川や樹木といった自然景観の要素に幅広く目が行くように計画を行います。暗くすることで眼の明るさに対する感度を高くし(順応輝度を下げ)、光の当たっていない暗部の自然環境や星空を見やすくするのです。また、背の高い樹木を照らしだすことで、今、自分がどのあたりにいるかということをわかりやすくしました。
 
径路の段差や曲折、交差点などの気をつけなければならない箇所にはあかりを設けます。その一方で、危険のない平坦なデッキは、思い切って明るさを下げるのです。そのことで歩くスピードを遅らせることができるのではと考えました。いつもなら足早に通りすぎてしまうような場所も、のんびり歩くことで周りの自然や空気、音などにも気を配れるようになるのではないでしょうか。
 

図5 現地での照明実験1あかりの高さと強さを検討中

図5 現地での照明実験1あかりの高さと強さを検討中

この場所には事務所やレストランなどの施設があるので、建物内外で急激な明暗差をつくることはできません。暗くするとしても限界があるのです。そこで、こうしたあかりの効果を把握するための実験を現地で夏季と冬季に行いました(図5)。その結果を受けて、明るさのレベルを選定し、またあかりの位置も決定しました。合わせて、冬季に想定される積雪量を把握し、雪害を免れる極限の位置と高さを選定していきました。

 

改修直後「以前の明るさに戻してほしい」と言われるが…

改修工事は2015年9月に完了しました。改修後の様子を図6に示します。タウンセンターの歩行径路の明るさ(路面照度)は改修前の15.7ルクスから改修後の6.7ルクスまで、半分以下になりました。消費電力に関しても、改修前に比べて約30%削減されることとなりました。

図6 改修後の様子。デッキ上よりもその周辺にあかりを与える

図6 改修後の様子。デッキ上よりもその周辺にあかりを与える

 
ところが改修直後には、複数の利用者から「暗くなった」「以前の明るさに戻してほしい」という意見が出されました。
 
ある場所の明るさが低下することでこうした指摘が出るのは、不思議なことではありません。しかし、「暗くなった」からといって必ずしも歩行に問題があるというわけではなのです。またこうした指摘は日常的に訪れる人から出されたのですが、はじめて訪れた人や久しぶりに訪問した人からは出されませんでした。そこで、暗くなったことに慣れる期間を設ける必要があると考えました。
 

「不安を感じる場所」と「写真を撮りたい場所」、改修3ヶ月後にどうなったか

改修工事から3ヶ月後の2015年12月に、タウンセンターの利用者25名に、「不安を感じる場所」と「写真を撮りたい場所」を指摘してもらう調査を行いました。その結果、改修前の夜間に不安があった箇所は、改修後にはほぼ指摘されませんでした。段差などに重点的にあかりを設けただけでなく景観要素を照らしだすことで、不安に思う箇所が減少したものと考えられます。
 
また改修後には、写真を撮りたい場所が多く現れることとなりました。改修後の夜間に利用者が撮影した写真を見せていただくと、あかりで照らされた部分を近づいて切り取るもののほか、少し離れた場所から様々な景観要素を一つのフレームに収めるような写真がありました。また、昼間には挙げられていなかったポイントでも撮影を行っていることがわかりました。
 

図7 ウッドデッキにあかりを置かず、外側の樹木の中に配置

図7 ウッドデッキにあかりを置かず、外側の樹木の中に配置

さらに利用者からは、「星が見えるようになった」「虫や川の音が聞こえるようになった」といった意見も挙げられました。見上げた際に視界に入る直接光が一切なくなったことで、まぶしさが低減されて星空が見えやすくなったものと考えられます。暗くしたことと自然景観の中にあかりを分散して配置した(図7)ことで、周囲への意識が増し、聴覚のように視覚以外の感覚がより働くようになったのではないでしょうか。
 

暗くすることで体感できる自然の魅力

蓼科高原は、変化に富んだ地形の中に白樺やカラマツやナナカマドなどの樹木や高山植物、川や池があり、鹿やリス、鳥や蝶などの多様な動物・昆虫が棲んでいます。あかりを与えてもそのごく一部だけが感じられるもので、見たり聞いたりできないものは無限に存在します。抑えたあかりで周囲の暗闇との境界を緩めることは、そうした自然の夜の情景を想像するきっかけを与えることになると考えられます。
 
屋外空間を暗くすることに不安を覚えるケースは多くあります。しかし、地形や景観要素、人の動線などを考慮してあかりの計画を効率良く行うことで、安全を確保しながらそれまでよりも暗い環境を実現できると考えられます。暗いからこそ自然本来の暗さが体感でき、魅力的な空間価値を引き出すことができます。今後、豊かな自然環境の中でのあかりづくりをするにあたって、熟考していくべき本質的な内容といえるではないでしょうか。
 
 
東急リゾートタウン蓼科での照明改修は、東京都市大学と東急不動産グループとの産学連携活動として実施されました。