『セレブレーション』より(VHS・販売元/ブロードウェイ)

 

50年代から60年代半ばくらいのフランスの“ヌーヴェル・ヴァーグ”。カメラさえあれば、ほかになにもなくても映画は作れるという認識の転換でした

登場人物の生きる環境をより自然に観客と共有するために、彼らが実際に生きているのと限りなく相似形の光を捉えようという“自然光”の映画。それは、映画が産業というかたちで巨大化してきたことへの抗いとして選択される志向でもありました。フィルムの特性に合わせて、最大限に効果を発揮する照明を組み、巨大なセットの中で撮影されるというかたちそのものが、大きな資本力を要するがゆえに、ひとつの権力のかたちとなっていたのです。
たとえば50年代から60年代半ばくらいのフランスにおいては、“ヌーヴェル・ヴァーグ”と呼ばれる若い監督たちが、ロケ撮影、同時録音、即興演出という、スタジオでの映画作りの方法論をひっくり返すことで既存の権力を突き崩そうという運動を繰り広げました。カメラさえあれば、ほかになにもなくても映画は作れるという認識の転換でした。
それ引き継ぐようにして60年代後半から70年代にかけてのアメリカでも同様の動きが起こります。それが、“アメリカン・ニューシネマ”と呼ばれる一連の作品で、同時代の一般的なアメリカ人の生活からかけ離れた“ハリウッド映画”の物語や映画作りを批判するもので、ここでも美しい“自然光”の映画がたくさん生みだされました。

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“DOGMA(ドグマ)95”を提唱したひとり、トーマス・ヴィンターベア監督の『セレブレーション』(98)。“純血の誓い”に従い、(ほぼ)完全に“自然光”の映画です(VHS『セレブレーション』 販売元/ブロードウェイより)

“DOGMA(ドグマ)95”ーー巨大資本の映画作りではない映画の作り方を定義

さて、そうした映画の運動から20年以上が経ち、その間にフィルムの技術も格段に向上し、同時にデジタル技術の登場もあったために、撮影をスタジオの外に持ち出すという作業そのものがあまり大きな意味を持たなくなって久しい1995年、突如ヨーロッパの片隅、北欧はデンマークで始められたのが、“DOGMA(ドグマ)95”という運動でした。

この運動には、“純血の誓い”と呼ばれる“ドグマ映画”であるための10カ条のルールがあります。その中には、撮影はすべてロケ(スタジオ撮影禁止)、カメラは手持ち、効果音や劇伴禁止(その場で鳴っている音以外を後から付け足してはならない)、照明禁止といったものが含まれます。つまり、自然なロケーションで、照明を使うことなく手持ちカメラで撮らなければいけないのです。
 

その時、“自然光”はリアルなものかどうかということを遥かに超えて、われわれの生きる社会の価値基準そのものを転倒させるものとなりました

なにしろこれを提唱した監督たちの中心にいたのが、トリック・スター的な奇行で有名なラース・フォン・トリアーでしたから、当初は悪ふざけめいた冗談に思われたものですが(私は半ば以上は本気で、アメリカ映画嫌いの仲間内で酒を飲みながら盛り上がった冗談だったに違いないと今でも思っています)、これは今になって振り返ってみますと、巨大資本の映画作りではない映画の作り方を、現代のテクノロジーの中でもう一度定義しなおした運動として評価できるのではないかと考えられます。ちょうど“ヌーヴェル・ヴァーグ”の作り手たちがそうであったように、「自分たちの映画はこういうものなのだ」とあらかじめ宣言することで、自分たちの映画を受け入れてくれる評価軸を設定し、あらかじめ居場所を作ったのです。必ずしも“純血の誓い”を守った作品ではなくても、“ドグマ”の切り開いた場所に向けて作られている映画は、今でもたくさんあります。

“ドグマ映画”の代表的な作品には、トーマス・ヴィンターベア監督の『セレブレーション』(98)があります。“純血の誓い”によって、(ほぼ)完全に“自然光”の映画です。大金持ちの還暦祝いに集まった家族たちの、不穏な物語が語られます。大部分が暗闇の中に沈んだ屋内に、ぼんやりと浮かび上がる登場人物たちが、ほとんど幽霊のように右往左往している印象だけが残ります。仄暗い照明によって照らし出された巨大な屋敷全体が、物語全体を象徴しているように感じられました。ここでもまた、光のありかたが人の生そのものを規定していることがわかります。

 

ポルトガルのペドロ・コスタ監督による『ヴァンダの部屋』。リスボンの貧民街に住むひとりの女性、ヴァンダの姿を数年にわたって捉え続けた、ドキュメンタリーとフィクションとの境目にある作品

ところで、“DOGMA95”とそれほど変わらない時期の2000年に公開された一本の映画があります。ペドロ・コスタというポルトガルの監督によって作られた『ヴァンダの部屋』です。これは、リスボンの貧民街フォンタイーニャス地区に住むひとりの女性、ヴァンダの姿を数年にわたって捉え続けた、ドキュメンタリーとフィクションとの境目にある作品でした。

境目がどこにあるのか観客にはハッキリとはわかりません。ただ、ドキュメンタリー映画が一般的には手持ちカメラによって撮影された不安定な映像で構成されることが多いのに対して、この作品の画面はぴたりと静止し、映されている物事の薄汚さの真逆のような美しさを身にまとっています。この映画もまた“自然光”によって撮影されていました。

 

映画が撮影されてからだいぶ経って、監督と共にそのフォンタイーニャス地区を訪れたことがあります。すでにそこは更地になっていましたが、その狭さに驚きました。六車線の高速道路ほどもない細長い土地だったのです。そんな狭いところにひしめき合うように建てられていた掘っ立て小屋じみた建築物の中で、照明器具もつかわずにどうやってあのように美しい光を撮影することができたのでしょうか。

そういう素朴な質問を口にすると、コスタはニヤリとして「レフ(反射板)は使ったけどね」と漏らしました。たとえば路地に射し込む光を反射板で受け、それを屋内へと導き入れたということなのでしょう。劣悪な環境の中でどん底の生活を続ける女性の日常に引き込まれた美しい光。それはとりもなおさず撮影対象である女性や、その地区全体に対して監督の注いでいた視線そのものでもあったでしょう。だからこそ、照明器具によるものではなく自然の光でなければならなかったのです。
 

(左)『セレブレーション』(VHS・販売元/ブロードウェイ)
(右)『ヴァンダの部屋』(DVD・販売元/ジェネオン エンタテインメント)

その時、“自然光”はリアルなものかどうかということを遥かに超えて、われわれの生きる社会の価値基準そのものを転倒させるものとなりました。フォンタイーニャスという、一般的リスボンの住民ならば決して近づこうとしない(実際、私を送り届けた現地のドライヴァーは、「ここにあなたを降ろしては私の責任問題になる」と扉を開けることを抵抗しました)、すなわち汚れた危険な地区が、その光によって美しさそのものとなるのですから。

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■ 関連サイト
『セレブレーション』予告編
ロケ、手持ちカメラ、そして照明禁止。ハリウッド大作に見慣れた目には刺激的な体験が待っています。

トーマス・ヴィンターベア監督インタビュー(評論家・大場正明氏のHPより)
ヴィンターベアは1969年生まれ。“DOGMA(ドグマ)95”の出発点について語っています。

http://c-cross.cside2.com/html/a20u0002.htm

『ヴァンダの部屋』予告編
劣悪な環境の中でどん底の生活を続ける女性の日常に引き込まれた美しい光。それは監督の注いでいた視線そのものでもありました。

ペドロ・コスタ監督インタビュー(「神戸映画資料館」より)
「映画を作っている自分としては、集中させるという作業を続けるつもりです」という監督の言葉が印象に残ります。
http://kobe-eiga.net/webspecial/report/2010/12/ペドロ・コスタ%E3%80%80インタビュー/

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