Photo/Masaya Yoshimura

自分自身の飲食店「たにたや」。たんに「飲食好きが高じて」というのではなく、その店を照明の“実験の場”にしようと考えてのことでした

はじめまして。「考えるあかり」の中で、飲食店である「たにたや」を舞台に、あかりのお話をすることになりました。「たにたや」の毎日を通して、照明と食の関係、それだけではなく、温度や匂い、お客さんとのコミュニケーションなど、様々な視点であかりの作用やこれからについてお伝えしていきます。
 
私はこれまで長いあいだ、照明に関わる仕事にたずさわってきました。特に、「飲」「食」というジャンルが好きでしたが、照明を通して飲食店に関わる仕事が頻繁にあったのです。
 
そういった偶然や必然が重なり、自分自身の飲食店「たにたや」を去年11月、東京・深川で始めることにしました。たんに「飲食好きが高じて」というのではなく、その店を照明の“実験の場”にしようと考えてのことでした。
 
あかりの密度はお客さんの会話をどう変えるのか? 照明と音楽の関係は? 何がよくて何がダメなのか? 「いまここ」で起こっている、あかりと五感のあれこれを書き綴っていくことで、「照明とは何か?」の一端をお伝えできればと思っています。
 

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店内の上部に配したスタンドライト。間接照明のように柔らかい光で空間を包みこむ「あかり・光」が「たにたや」の最も大切なアイコンです(Photo/Masaya Yoshimura )

 

ファーストインプレッションはあかりから

夕方6時、「たにたや」開店。

よく晴れた日には、夕暮れ時に街の風景が薄紫色に変化します。私の一番好きな時間帯です。そんな日は開店の準備をしながら、じぃーっと外を見つめていたりします。

「たにたや」の店内は逆光になる場所なので、日中はあまり日が差しません。そのため昼間の仕込み時には強めの明るさにしています。逆に、夕方、外がだんだん暗くなるにつれ、店内の明るさが強調されることになります。柔らかな光でお客さまをお迎えしたい。「たにたや」の開店は店内の明るさを絞って始まります。
 
店の中を言葉にすると、こんな感じです。
 

夕方6時、「たにたや」開店。 柔らかな光でお客さまをお迎えしたい。店内の明るさを絞ってお店は始まります

上部に配したスタンドライトが、間接照明のように柔らかい光で空間を包みこみます。しつらえ(テーブルウェア、家具など)は、一番最初にお客さんの目に飛び込んでくる(店の印象を左右する)要素ですが、形のない「あかり・光」が「たにたや」の最も大切なアイコンだと考えています。
 

あかりの違いで「美味しさ」は変わる

 
「鶏もも肉の竜田揚げ」。 特に珍しい料理ではありません。ただ、誰もが慣れ親しんできた身近な食べ物こそ、とびっきり美味しくあってほしい。こだわって選んだ陶器のお皿に水菜と柚子胡椒、山椒の粉を添えて、揚げたての竜田揚げを盛りつけます。

シンプルかつ力強い料理には、余計な装飾は避けたいもの。ただ、ワンランク上の美味しさにすることは可能です。その秘訣は光にあります。「たにたや」では、料理が美味しく見えるあかりを考えています。光によって料理の見え方が変わってくるからです。

人は、まず目に入ってくる対象から印象を強く受けます。たとえば揚げたての竜田揚げを見たとき、視覚によって口の中で広がる肉汁や味付けを想像します。しかし同じ竜田揚げでも、蛍光灯の白い光の下と、温かい色味のある白熱灯の下では、その想像はまったく異なってきます。
 

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「鶏もも肉の竜田揚げ」。シンプルかつ力強い料理を、ワンランク上の美味しさにすることは可能です。その秘訣は光にあります

私はどちらも美味しそうに見えるはずだと考えています。なぜなら印象は、光を含めた空間の持つ状況の力に左右されるからです。
 
白い蛍光灯をつけている場所には、子供から大人まで、ふらっとはいりたくなるような店が多くあります。昔から町の中にある気取らない「大衆食堂」のような店でしょうか。どっさりとボリュームがある、年季の入った鉄の鍋で揚げられる竜田揚げ。なんだかワイワイと賑やかで元気な声が聞こえてきそうです。
 
最近は蛍光灯の光というとあまり良い例では使われませんが、全体をフラットにする陰影の少ない光は、気取りのない美味しさを演出することができます。
 
一方、温かい色味のある白熱灯を使う店は、いくつかのイメージをあげることができるでしょう。
 
アルミや布のランプシェードで覆われた乳白色の裸電球、そこからこぼれてくるホッコリしたあかりには、ぼってりとした肉厚の器やマグカップのある店が似合います。そのあかりの下で食べる竜田揚げは、優しい味の「カフェ飯」系です。
 
こんな盛りつけもあるでしょう。真っ白な陶器のスクエアな皿に小ぶりに置かれた竜田揚げ。薄くスライスされたライム、マリネされたエシャロットを添えるのは、モダンな和テイストのレストランです。一点集中の鋭角な光が差し込み、ドラマティックな陰影をつけた演出が施されています。反射光で柔らかく人々の表情が照らされると、グッと“大人な”状況になります。
 
こんなふうにひとつの料理が、あかりの色ーー白でも赤でもーーによって美味しく見える料理になるのですから、光のつくる状況の力ってほんとうに不思議です。
 

あかりと居心地の関係

「たにたや」では、開店時間に入られたお客さんが、閉店の11時までいらっしゃることが少なくありません。久々に会う友人との会話や、初対面のお客さんと共通の話題で盛り上がったり・・・。あっという間に時間が過ぎていく光景をみるとき、店主としてとても楽しくうれしく感じます。
 

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開店から閉店までいらっしゃるお客さんは、なぜ時間の経過を感じないのでしょうか? そこには「居心地のよさ」が関係しています(Photo/Masaya Yoshimura )

なぜお客さんは、時間の経過を感じないのでしょう? 長時間居るのにもかかわらず、疲れを感じないのはどうしてでしょう? そこには「居心地のよさ」が関係しています。
 
日中のONモードのとき、私たちのほとんどは太陽光の下だったり、電車の中や百貨店のような商業施設、オフィスなどの煌々と明るい光の中にいます。そこでは自然と、身体自体が活動的な方向へと促されるようになります。
 
では日が落ちた後、OFFモードに切り替わると、人はどんな場に身を置きたくなるのでしょうか ?  「たにたや」のつくるあかりや雰囲気がお客さんによい居心地をもたらせているなら・・・。開店から閉店までいらっしゃるお客さんの存在は、私を思わず微笑ませてくれるのです。
 
居心地もまた、あかりがつくり出します。「ハシゴ酒」という言葉があります。これは、活動的なお酒の飲み方(?)と言い換えられますが、蛍光灯で室内全体を明るくした店でおこる行動のようです。人は明るいとき活発に動き回ることを、ハシゴ酒は教えてくれます(客の回転数を上げたいなら照明を明るくせよ、というのは業界でよく言われてきた手法です)。「たにたや」には「たにたや」の、そして蛍光灯には蛍光灯ならではの心地よさがあるのだと思います。
 
それにしても電気がまだなかった頃、人はロウソクの灯りの下で飲食をしてきたわけですから、そんな時代に生きた人々は、なんて贅沢な時間を過ごしたんだろうと思うことがあります。究極の居心地は、あかりを控えめにしたところから始まるのかもしれませんね。
 
さて、薄紫色に街の風景が変わるころ、今日も「たにたや 」開店の時間です。
 
 

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■ 関連サイト
「たにたや」オフィシャルサイト
定番や日替わりのメニュー、セレクトしたお酒(日本酒、ワインほか)など、「たにたや」の現在進行形のおもてなしをみることができるほか、照明やデザインの活動の発信をしています。(8月末オープン予定)
http://lightanddishes.com/