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「一時間」のためにエンジンでサバニを走らせることは、資本主義に参加することを意味したのです

科学の発展と経済の成長と社会の変化が、私たちの暮らしを大きく変化させてしまいました。それとともにひとが本来持ち合わせていた力を、能力を、失ってしまったのではないだろうか? そんな思いを多くのひとが抱きはじめているように感じます。
 

それについてごく最近思い当たるのは、選挙民としての市民が「人相」を見る力を失ったのでは? と思えてしまうほどに、品格も知性も威厳も感じられない政治家が増えたことです。ひと昔前にはありえなかったと思うのは、はたして僕だけでしょうか。

 

さて、サバニの話です。

 

「エンジンが入ってきて、朝、漁に出る時間が一時間遅くなった。一時間、朝寝坊できるようになった」。沖縄・伊江島の舟大工、下門(しもじょう)さん(*脚注参照)はそう話したそうです。

 

沖縄の小型舟サバ二は、戦後、アメリカ軍の払い下げのエンジンが入手できるようになると帆走がだんだんと姿を消していきました。船体に塗る塗料もサメの油から油性塗料に変わり、やがてFRP(繊維強化プラスチック)を使うようになりました。

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サバニを帆走させるには、森羅万象を読み解く能力が必要です。しかし今となっては、昔のひとがそれをどうやって会得できたのかを推し量ることも難しくなってしまいました(写真/Photowave)

自然のありようを、見ながら感じながら読み解く力

エンジンを使うことのメリットは二つ。一時間早く漁場に行けること、帆走の技術が必要なくなったことです。

 

一方、エンジン本体を入手するための初期投資のお金と日々のガソリン代が必要になります。漁獲量も要求され、それを販売して現金を稼がなければ生活は回っていきません。「一時間」のためにエンジンで走ることは、資本主義に参加することを意味したのです。

 
そして、サバニを帆走させる技術や文字通りの森羅万象を読み解く能力ーー風の様子や波の状況を、天を見て、空気を感じ、鳥の動きを読むーーは不要になっていきました。失くなった今となっては、それがどんなものであるか、推し量ることも難しくなってしまいました。

 

昔の海人(うみんちゅ)は、漁にでるかでないかを一体どうやって判断していたのでしょうか?

毎年のサバニレースのために16回も沖縄に通っていると、山口の仕事場にいても、何週間も前から沖縄の天気状況が気になるようになります。座間味島に着いて、顔なじみの村の人たちと最初に話すのは、風のこと、波のこと、天候のことです。

 
サバニレース開催は梅雨明け(沖縄では、6月23日の「慰霊の日」が梅雨明け平均日です)の翌週末と第1回大会から決まっています。それはこの時期が安定した気圧配置で、南至夏風(カーチベー)と呼ばれる安定した南西の風が吹くからです。ただこれも最近の異常気象で台風がきたり、梅雨前線がきちんと北上してくれなかったりで、荒れる天候の年もあります。

 

天候が悪ければ、レースは島内レースに変更になります(16回のうち5回が島内レースになりました)。予定通り那覇までのコースか、あるいは島内で行うかーーそんな天気の心配を毎年、レースを仕切る実行委員会は議論します。もちろん、いろいろな気象情報のデータは入手していますが、最終判断はレース当日の早朝、船を出して確認を行っています。
 

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かつて自転車を“漕ぐ”ようにサバニを“漕ぐ”ことができた海人。サバニレースは、そんな能力を現代人が取り戻すための訓練なのかもしれません(写真/Photowave)

そんな時いつも考えるのは昔の海人(うみんちゅ)のことです。彼らは漁にでるかでないかを一体どうやって判断していたんだろうか? と。

 
失くした能力〜現在を生きる私たちにはできないこと〜が何であったか? いまとなってはそれは想像するしかありませんが、ひょっとすると彼らは“判断”などしていなかったのかもしれません。身体が受けとる“感じ”が、漁にでる頃合いを知らせてくれたに違いありません。海や風、自然のありようを、見ながら感じながら読み解く力。おそらくこれも私たちが失くしてしまった能力のひとつです。

 
『宮本常一、アフリカとアジアを歩く』(岩波現代文庫)には、明治時代、沖縄・糸満の漁師がサバニでアフリカ・ザンジバルまで漁にでかけていた、という記述があります。どうやって10メートル足らずの小型舟が何千キロも航海できたのか、僕には想像もできません。でもそれが事実だとしたら、私たちが失くしてしまった様々な能力で、私たちが考える景色とはまったく別の世界を見ながら、長い舟旅を可能にしていたということなのでしょう。

 
サバニ帆漕レースでは、40艇以上、人数にすれば500人以上が、競技のために一年がかりで準備を行います。最も力をいれるのは舟を繰る技術についてです。かつて自転車を“漕ぐ”ようにサバニを“漕ぐ”ことができた海人。サバニレースは、そんな能力を現代人が取り戻すための訓練なのかもしれません。
 

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私たちが失くしてしまった能力を取り戻すには何をすればよいのでしょう? 前に進むことだけが進歩ではありません(写真/Photowave)

舟大工の大城さんはサバニを作りながら、昔の職人の技を習得しています。舟を触りながら「毎日が昔の技術・工夫・知恵の発見だ」と話していました。

 
「昔に追いつく。」
 
経済成長が大前提となっているような世の中では、おかしく聞こえるこの言葉が、サバニレースではとても重要なテーマになっています。
 
 
 

*伊江島の船大工、下門(しもじょう)さん
沖縄のサバニは地域によってスタイルに違いがあります。一般的な舟に比べると極端に細いシルエットのサバニは、南の暖かい浅い海で追い風を受けて疾走するスポーツカーのようなイメージですが、船体もその細身の艇体が流れるような曲線を作りだします。下門さんの船は後部に特徴があり、そのフォルム、曲線に対して「一番キレイ」という評価をするひとも多くいます。

 

 

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■ 関連サイト
サバニ帆漕レース
2000年に始まったサバニレースの第1回から今年の第16回までの記録ととともに、サバニの歴史や意味などの解説を読むことができます。
http://www.photowave.jp/sabani_s/

■「考えるあかり」関連記事
「人と櫂(かい)はつながり、ひとつの舟になる〜サバニと身体知〜」(2015.8.17)
サバニを漕ぐ「ゥエーク」と呼ばれる櫂。ゥエークとひとの身体がひとつの流れにあるとき、舟は前へと進みます。ゥエークは人間の身体があらかじめ知っている「知識」の存在を明らかにしてくれます。
https://media.style.co.jp//2015/08/1751/

「小舟は星の光を目指し、海は宇宙へとつながった」(2015.7.31)
サバニとは、沖縄に古くから伝わる小さな舟のこと。風の声を聴き、風の道をみつけ、星と対話して、サバニは東南アジアの海をかけ渡りました。
https://media.style.co.jp//2015/07/176/