「水曜の朝5時、夜が明けるとき、彼女は静かに寝室のドアを閉め、書き置きを残す・・・裏のドアのカギをあけ、外へ出ると、彼女はもう自由」
 
ビートルズの1967年の「She’s leaving home」の一節です。豊かな家庭で育てられた子女が親の思惑を外れて家を出て行ってしまうという内容は、当時のイギリスで問題になり、放送禁止にまでなったといういわくつきの曲です。家庭や属する集団を離れて子どもが自立する物語は、その背景が時代によって異なりはすれど、誰にとっても無関心ではいられないテーマではないでしょうか。
 

「子どもの自立」を、現代のドイツ・ベルリンを舞台に描くのが、エドワード・ベルガー監督の『ぼくらの家路』です。主人公のジャックは10歳の少年。母子家庭の貧困から養護施設に入れられたジャックは母親恋しさに施設を抜け出したものの、その母親は行方知れず・・・。彼女を探しての昼夜問わずの3日間、そこで出会う、あるいは図らずも出会ってしまった人々や出来事を通して、自分が置かれた状況を“身体的”に理解していきます。

 
ジャックが「母親を探す旅」で出会う人々は冷徹でもなく、子どもに無関心なわけでもありません。しかしジャックに積極的に関与することもありません。母親は食事も作れば、ちょっとした愛情表現も持ちえていますが、親であることの意味がわかっていません。ジャックは過酷な3日間で、社会と自分の関係を冷静に判断することを迫られます。

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大人になれない大人のもと、子どもでいることを諦めざるをえない子ども。現代を生きる上で、子どもはどこに希望の光を見出せばよいのでしょうか? 最近では「希望学」という日本発の新たなジャンルの学問が出てきています。希望とはそこにあるものでも誰かが指し示してくれるものでもなく、積極的に自分自身で見つけなければならないことを、『ぼくらの家路』は「子どもの自立」という普遍的なテーマを通して伝えてくれます。
 

「母親を探す旅」は一人旅ではありません。足手まといになることを承知で、母親の友人に預けられた弟を連れ出すことをジャックは選択します。自分自身の境遇を、弟には追体験させたくないーー希望の共有というかたちで希望は再生されるのだということを、ジャックは知っていたのかもしれません。
 

ダルデンヌ兄弟やケン・ローチの作品の影響を受けながら、彼らと同等の評価を得た本作、シルバーウィークにぜひ観ていただきたい秀作です。
 
 

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■『ぼくらの家路』
9月19日(土)より
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
配給:ショウゲート
© PORT-AU-PRINCE Film & Kultur Produktion GmbH
 
■『ぼくらの家路』公式サイトほか
公式サイト:bokuranoieji.com
公式Facebook:https://www.facebook.com/Bokuranoieji
公式Twitter:https://twitter.com/bokuranoieji
 
■ 関連サイト 
「希望学」
東京大学社会科学研究所が中心となって提唱する新しい学問のジャンルです。希望学の成り立ちから、311以降の東北におけるフィールドワークなど、“いま”を考えることの必要がわかりやすく説明されています。
http://project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope/hopology.html

 

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文:和坂康雄