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「においは体験記憶に感情を織り込む」といわれ、ひとつの香りから過去の体験のディテールを思い出す「プルースト効果」が生じることも証明されています

香りは生活シーンを演出するだけでなく、ストレス緩和や疲労回復、さらには消炎・抗菌・抗うつ・免疫賦活といった作用をもたらす効果があるとされます。
 
ヒトの香り受容体は400以上もあり、視覚以上に複雑で繊細な感覚であることがわかっています。また「においは体験記憶に感情を織り込む」(ローゼンブラム)といわれ、ひとつの香りから過去の体験のディテールを思い出す「プルースト効果」が生じることも証明されています。
 
香りと文化の歴史について、簡単に振り返ってみましょう。
 
香料は、紀元前3000年ころのメソポタミアにおいて、ミイラの保存用に没薬や肉桂が使われたことに端を発します。その後、化粧用または薬用として、エジプト~中東~ヨーロッパへと広がっていきました。日本に香料が伝えられたのは6世紀後半といわれ、その後、仏教の儀式や貴族・僧侶の一部で使用されてきましたが、平安時代には薫物・練香など、趣味として香りを楽しむ文化が流行します。これが武家に広がり、室町期には香道が確立、元禄時代にその最盛期を迎えることになります。
 
明治時代に入って、舶来香水の輸入量が増えましたが、それらの多くは日本人の好みに合致しておらず、当時の化粧品メーカーは桜・菊・梅・牡丹などの伝統的な香りをモチーフとした香水の開発にとつめました。そのひとつの結晶が、資生堂の「花椿」(1917)といえます。

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ラグジュアリーの世界では、香りはブランディングにおいて極めて重要な役割を担っています。高級車の代表である「マセラティ」は、新車に「男らしいニオイ」を染み込ませてから出荷するといわれています(original image: Axion23CC BY))

ブランドらしさを意識した「独自」のフレグランスを配合・開発する

昨今では香水、化粧品に限らず、芳香剤、アロマ、エッセンシャルオイル、お香など、香りそのものを本質的な価値とするフレグランス商品が、アロマテラピー効果があるとして注目を集めてきています。
 
この香りを、商品開発や販売促進に活用しようという考え方が定着してきています。
 
それは「脱・消臭型」と「芳香型」とに大別され、前者は香りによる消極的快適性、後者は積極快適性を求める志向に対応したマーケティングと位置づけられます。
 
そして「芳香型」には、①商品そのものの香り、②商品の基本価値としての香り、③商品の付加価値としての香り、④ブランディングとしての香り…の4パターンがあります。
 

香りは非言語的な記憶にとどまるため、オリジナル名称をつけるなど、香りと言語との結びつきを強めていくブランディング策も有効でしょう

これらをすべて見ていくスペースがありませんので、本稿では「④ブランディングとしての香り」を中心に話を進めていきたいと思います。
 
ブランディングとしての香りは、「シグネチャー(記号的)セント」とも呼ばれます。
 
一方、ミントやラベンダー、ハーブなど、販売する商品とは無関係の香りづけによる販売促進(アロママーチャンダイジング)や空間演出(アロマスペースデザイン)は「アンビエント(環境)セント」と呼ばれています。最近では柔軟剤など、トイレタリー商品の付加価値としてフレグランスを用いるケースも増えてきましたが、これらも商品そのものとは無関係の香りといえます。
 
シグネチャーセントにおいては、既存の「良い香り」「好まれる香り」を持ってくるのではなく、ブランドらしさを意識した独自のフレグランスを配合・開発している点にあります。
 
いくつか、事例を見てみましょう。
 
ウェスティンホテルのホワイトティーの香り、シャングリ・ラ ホテルの館内で使われている「シャングリ・ラ エッセンス」、帝国ホテルのロビーやチャペルで使われる「インペリアルフレグランス・桜」、リッツカールトン東京の高級チョコレートを思わせる香り…など、一流ホテルは独自の香りによって空間演出を図っています。
 

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一流ホテルには滞在した記憶を印象づける独自の香りがあります。世界中のシャングリ・ラ ホテルの館内で使われているフレグランス「シャングリ・ラ エッセンス」は優雅なアジアのリゾートを彷彿させる甘美な香りで有名です(写真は「アイランド シャングリ・ラ 香港」のラウンジより)(original image: Island Shangri-La, Hong KongCC BY-SA

箱根・富士屋ホテルでは、ヒノキやローレル、タイムといったウッド系のアロマをブレンドしたオリジナルアロマを館内に導入、ブライダル資料を客に送付する際に、アロマのミニボトルも同封したところ、同ホテルでの婚礼実績が2年間で1.8倍に伸びました。
 
香りによる空間演出としてはエアラインも同様で、有名なのはシンガポール航空の「ステファン・フロリディアン・ウォーターズ」でしょう。客室乗務員の香水、おしぼり、飛行機内の全体にこのオリエンタルな香りがスプレーされており、好評を博しています。エアライン満足度調査(リクルートライフスタイル調査)では、日系企業を押さえ2012年から4年連続首位の座を獲得しました。
 
またユナイテッド航空でも、オレンジの皮や白檀(びゃくだん)、スギ、皮が混ざったような「ランディング(着陸)」という名の香りを、ラウンジやボーディングブリッジに使用しています。さらに全日空では、同社のブランドイメージである「日本」「先進的」「元気」という言葉をヒントに、高野槇や吉野檜などの日本の古来の香りやミントなどをブレンドした独自アロマを開発し、空港ラウンジの入口、おしぼり、アロマカードなどに使用しています。
 
高級車でもやはり、ブランドと香りは密接に結びついています。マセラティ(伊)では、新車にわざわざエンジンオイルとタバコの匂いがブレンドされた「男らしいニオイ」を染み込ませてから出荷するといわれています。キャデラックは、レザーシートに「ニュアンス」という爽やかな香りを漂わせる物質を混入し、高級車としての風格を醸し出しています。レクサスではショウルームを、ブランドのテーマである「ときめきとやすらぎ」を香りで具現化し、和の香りであるヒノキや、上質な空気感を演出するイランイランの香りなど、季節に合わせた演出を試みています。
 
顧客に心地よい深呼吸を提供するマーケティングは、これからまだ、多彩な分野で花開きそうです。

 

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香りは、文化と密接に関係があります。人工的な香り商品・香り環境づくりが受け入れられる下地としての「文化的コンテクスト」を配慮することが重要です(original image: Kyle MayCC BY

最後に香りブランディングに関する、いくつかの留意点を挙げてみたいと思います。
 
まず、香りに対する感覚は、生得的個体差・経験差・状況差が大きいこと、そして匂いの刺激に対しては順応や馴化が生じることなどから、香りはマーケティング情報として設計・管理しづらい面があるという点です。同じ香りを配合しても正反対の実験結果が出たりするなど、再現性においても安定しない部分があります。従って効果測定の厳密性もさることながら、香りの持つ正の効果だけに着目するような陥穽を避けるべきと思います。
 
また香りは、長期的でありながらも非言語的な記憶にとどまります。「あれ、これ昔嗅いだことあるんだけど、何の匂いだったっけ?」という状況はよくあることです。よって、シンガポール航空のように、シグネチャーセントにオリジナル名称をつけるなど、香りと言語との結びつきを強めていくブランディング策も有効でしょう。
 
さらに香りは、文化と密接に関係があることも配慮すべきと思われます。日本人の無臭志向は病的な面もありますが(「スメハラ」など)、本来は「自然の微妙な香りを楽しむために、不快な匂いを断つ」という発想からです。ビルの「香り空調」が1980年代に流行したものの、のちに下火になったのは、景気の後退だけが原因ともいえないはずです。人工的な香り商品・香り環境づくりが受け入れられる下地としての「文化的コンテクスト」を配慮しなければなりません。

 
 
 

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