年末年始を静かに穏やかに過ごしたいという人向きの、非日常とは無縁の年末年始を過ごすことができる場所を、横丁の赤提灯に見つけました

年末年始になると、1年という時間があまりにも速く過ぎていくことを実感します。あまりの速さに辟易することもありますが、お祭り気分もあるのでしょう、たちまち気分は回復してきます。そして、この時期くらいは普段より良いものを食べたいーーそんな特別感を求めてしまうものです。
 

でも、世知がない世の中、いい話ばかりではありません。なかには明るい気持ちになれず、年末年始を静かに穏やかに過ごしたいという人もいると思います。そんな人向きの、非日常とは無縁の年末年始を過ごすことができる場所を、横丁の赤提灯に見つけました。

 
私が個人的によくお酒を飲みに出向く場所は、東京の区部に隣接する武蔵野市吉祥寺の「ハモニカ横丁」です。JR吉祥寺駅北口を出て正面の3,000㎡に約100店が密集しています。近年、横丁ブームという言葉を雑誌などで目にすることがありますが、そのブームの火付け役として、いまや吉祥寺のランドマークと言っても過言ではないでしょう。戦後の闇市を起源とし、昭和レトロの雰囲気ながら、近年では白く塗装された鉄骨造りのモダンな飲食店などが入ることにより、若者の間でとても人気です。

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「山崎」も「ジャック・ダニエルズ」も「角瓶」も「トリス」も「いいちこ」も・・・年末年始、改めてよろしくお願いします

世間の浮き沈みにかかわらず、いつも一定なのが横丁の赤提灯

そんなモダナイズドされた横丁のなかで変わらぬ人気を保っているのが、老舗居酒屋「万両」です。開店時間前からフライング気味に常連客が続々と集まり、早々に満席になる人気店です。ただし、なんとも玄人好みの歴史を感じさせる佇まいで、初めての人は入るのを躊躇してしまうかもしれません。でも、一見さんも何の心配も要りません。常連たちが自然と会話に引き込んでくれます。

 

「年内はいつまで? 年明けは何日から?」「年内は12月31日の23時59分まで、年明けは1月1日の0時0分からだよ~!」

そんな雰囲気がわかるやりとりをご紹介しましょう。万両の店主である溝上清文(みぞかみきよふみ)さんと私が、ある年末に交わした会話です。

 
「年内はいつまで? 年明けは何日から?」
「年内は12月31日の23時59分まで、年明けは1月1日の0時0分からだよ~!」

 
・・・御見逸れしました。正月三賀日は休業することを前提とした私の質問を見事にはずされてしまったわけです。
 
しかし、店主の煙に巻くような言葉にどこか安心させられたことを覚えています。というのも、そこには実は深い意味があるように思えたからです。横丁の赤提灯は、新しい年を迎える瞬間すらいつものままでいてくれるーー今思うと、そんなやさしい言葉だったのかもしれません。

 

いつもの客といつもの一杯。年末年始も何も変わらない横丁の光景。騒ぎたい人は大通りへどうぞ

そこで一度、元旦に訪れてみることにしました。いつも通りほぼ満席の店内。メニューもいつも通りのラインナップです。元旦だからといって何か特別なメニューがあるというわけではありません。世間がおせち料理を頬張るなか、私は横丁の赤提灯で「キムチ目玉焼き」なるものを生ビールで流し込みます。店内の顔ぶれもよくみる人たちばかりです。1月1日だからといって大きい声を出しているような人もいません。ゆっくりと時間が流れる店内。世間が正月の非日常を楽しむ一方で、横丁の赤提灯には普段と変わらない日常がありました。
 

日本中がお祭り気分の最中に平常心でいる横丁の赤提灯。その風景に寂しさを感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、世の中が浮かれている時も沈んでしまっている時も、一定でいてくれるのが横丁の赤提灯です。だからそこを訪れることで、日常を取り戻すことができるのです。「明日も仕事ですか?」「最近、ますます冷えますね」ーーたまたま居合わせた客との他愛もない会話が、ゆるやかに平常心を取り戻してくれるのです。
 

中央正面の店が「万両」。赤提灯にともされる「気に入った」の5文字が印象的です

年末年始、大勢の人とにぎやかに騒ぎたいと思う人のためには、ネオン輝く大通りがあります。その一方、華やいだ気分になれない人にとって、通常営業している横丁の赤提灯は貴重な選択肢を与えてくれます。その人なりの時間があっていいはずです。世間の喧噪と離れていつも一定でいてくれる横丁は、様々な年末年始の過ごし方を許容してくれる貴重な場所なのではないでしょうか。
 
周りがどのような状況であろうと、店主と客が変わらぬ日常をつくりだす風景に、横丁の赤提灯が人々の心の拠り所になる理由を見つけた気がしました。
(写真/井上健一郎)
 
 

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