特別さを伝える点のあかり

貴金属やブランド品など、高額な商品を購入してもらうためには、高級感が漂っていなければならない。高価格帯のものは、それがお得であることを感じさせること以上に、それがどんなに貴重で特別なものであるかを感じさせることが重要なのだ。簡単に手に入れられるものではなく、憧れを抱かせるようにするのである。希少性が高く、価値があると感じられれば、その分、支払おうとする金額も高くなる。
 
そのためには、「安価で」「手に入りやすく」見せる効果がある蛍光灯の明るく拡散した光は不適格である。美術館や博物館の展示物のように、貴重なものとして個別に丁寧に光を当てるのが望ましい。面でなく点で光を与えるのだ。貴金属やガラス製品などは、指向性の強い点光源で照射する。角度を持った光が素材に当たることで、反射によるキラメキやツヤや透明感が引き立ち、立体感が強調される。またシルバーや青味がかったガラスの物品は白色のあかりで、ゴールドや赤味がかった皮革品は電球色のあかりで照らすなど、色味を変えることでも、素材が持つ本物らしさが際立つようになる。一品一品に注意深く丁寧なあかりを施す。するとあかりによっても、その品物が大切に扱われていることが伝わっていく。
 

重厚さを演出する黒と、スポット照明の対比

光を吸収・遮断する「黒い」色は、明るく華やかに見えないからこそ、高級感や重厚感をつくり出す。燕尾服やモーニングコート、タキシードなどの洋服に限らず、黒留袖や黒紋付など和服においても、正式な儀式を行うような場所では「黒」を身に付けることが一般的である。18世紀頃のヨーロッパの宮廷貴族の正装として黒が用いられるようになり、明治時代にその影響を受けて日本でも黒を礼服として使うようになったと言われる。
 
黒や焦げ茶、暗い赤紫などの色をインテリアに用いることで、空間に威厳と安定感が与えられやすい。高級ホテルやブランドショップ、会員制クラブなどの内装はこうした低明度色が一般的だ。全体の明るさを落として黒の印象を強くし、その中で商品や絵画などの装飾品をスポット的に照らしだす。明暗対比によって視覚的にも際立つと同時に、黒の高級感を纏うことになるだろう。空間を照らす場合であってもシーリングライトを用いず、フロアスタンドやブラケット、天井から吊り下げられたペンダントライトで局部的に照明するようにする。大空間ではシャンデリアが灯されることもあるだろう。小さな光源をガラスの反射によって増幅させることによって生まれる複雑な光は、照度をそれほど高めることなく華やかさをつくり出すことができるのだ。

photo by KMo Foto

Image by KMo FotoCC BY

 

濃密な会話を促す、暗く温かみのあるあかり

ファストフード店が白く明るい光で利用者の気分を高揚させ、回転率を高めようとしているのに対して、客単価が高いレストランでは総じて暖色系の光で、明るさと暗さが共存するような空間がつくられる。間接照明などによって全体を柔らかく控えめに照らしながら、ペンダントライトでテーブル周りをやや強めに照らす。全体的に暗めにすることで、利用者に落ち着きを与え、ゆったりとリラックスして食事をしやすくさせる。
 
筆者は繰り返し、カフェなどの飲食空間において室内の照度や光色を変えることで、利用者同士の会話の仕方がどう変化するのか、実験を行ってきた。その結果、室内が暗くなるほど人は小声で話すようになり1)、互いを見つめ合うようになる傾向があることが分かった2~4)。また明るい空間では活発なディスカッションや雑談はしやすくても、個人的な悩みを打ち明けるような場合には、心理的な抵抗が生じやすかった。一方、暗い空間ではそうした抵抗が低減し、プライベートな話をしやすくなる傾向があった3)。暗さの中での温かみのある光は、人をリラックスさせ、心を解放し、気を許す。親密な対人関係は暗さの中で構築されやすくなる。そのような場では自然と贅沢なものを注文したいと思うものである。
 

暗ければ暗いほど、高級とされるレストラン

明るさを抑えた雰囲気重視のレストランであっても、日本の場合はテーブル面に100ルクス程度の光が与えられているのが通常である。どんな料理が出されたか見えにくいというようなことはまずありえない。しかし、フランスやイタリア、ドイツ、イギリスなどのヨーロッパ各国のレストランでは、驚くほど暗い店が多い。室内には壁際のブラケットとキャンドルが灯されるだけで、テーブル面は10ルクスを下回り、メニューを見るのさえ苦労するというのは普通である。中にはテーブルを囲む人の顔も料理もほとんど見えないような1ルクスを切るレストランもあったりする5)。
 

photo by Roman Boed

Image by Roman BoedCC BY

さらにヨーロッパでは、レストランの格が上がれば上がるほど、空間は暗くなるようだ。高級な食材を用いた手の込んだ料理が、はっきりとは見えないテーブルに置かれ、長く時間をかけながら食事を楽しむのである。
 
料理が明るく見えることよりも、見えないことでもたらされる空間の印象や気分、対人関係、そこでの会話や過ごす時間が重視される。現代の都市は夜においてもどこも明るく照らされる。暗さが貴重なのであり、暗いことが特別なのだ。心を静めた特別な空間でゆったりと過ごすからこそ、通常とは異なる厳選した質の高いものを求める。そして暗い闇には境界が見えないように、財布の紐も際限なく緩んでいく。
 
 
参考文献

  1. 小林茂雄、村松陸雄:室内照明と第三者の存在が会話音量に与える影響、日本建築学会計画系論文集、No.555、pp.107-113、2002.5
  2. 小林茂雄:室内不均一照明下でとられる会話行動の属性別特徴 カフェを想定した室内での会話者の行動と意識に関する検討、日本建築学会環境系論文集、No.574、pp.15-20、2003.12
  3. 小林茂雄、小口尚子:対人状況と光環境に応じた室内音環境の適性 会話場面での周囲音圧レベルの最適値と許容値に関する研究、日本建築学会環境系論文集、No.589、pp.59-65、2005.3
  4. 小林茂雄、小口尚子:カフェでの会話行動に及ぼす照度とBGM音量の影響、日本建築学会環境系論文集、No.605、pp.119-125、2006.7
  5. 乾正雄:夜は暗くてはいけないか―暗さの文化論、朝日選書、1998