100年以上前から美しい 山形県金山町

秋田県との県境に位置する山形県の金山町は、ピラミッド形をした杉山のふもとにある小さな盆地の町です(図1)。明治時代に東北地方を旅した英国の作家イザベラ・バードはこの地を愛し、「非常に美しい風変わりな盆地」「ロマンチックな雰囲気の場所」と述べています(「日本奥地紀行」高梨健吉訳)。100年以上経った今でも、そのロマンチックな雰囲気は変わっていません。
 

図1 ピラミッド形の杉の山(金山三峰)のふもとに広がる金山町

図1 ピラミッド形の杉の山(金山三峰)のふもとに広がる金山町

町には「大堰」と呼ばれる水路が張り巡らされ、金山杉を活かした美しい家屋が点在しています。スプロール化によって風景が変わっていくことをくい止めるため、各所に「水と緑のくさび」を打つという取り組みがなされてきました。水路沿いには遊歩道を整備して、水を感じながら散策できるようになっています。また、既存施設を交流場所として転用したり、空き家を町が買い取って池や樹木を保全しながら公園として開放したりしてきました。年月が過ぎると建物の用途や住民の構成は変わるものですが、そうしたときに全く新しい施設に変えるのではなく、できるだけ馴染みのある景観要素を残そうとしているのです。

 

通り抜けられる「街歩き回廊」。金山町の「境界の曖昧さ」

金山町の公園には、基本的に柵や塀などの障壁は設けられていません。公園は周辺の道路とも学校とも住宅とも自由に行き来ができるのです。塀があったとしても向こう側が見通せるような隙間の大きなもので、町の中心部にある様々な公園や施設は、通り抜けることによって町を周遊できることから、この一帯は「街歩き回廊」と呼ばれています(図2)。
 

図2 金山町の街歩き回廊

図2 金山町の街歩き回廊

天気の良い日は子供から高齢者まで多くの人々が「街歩き回廊」を巡ります。観光で訪れる人は水路沿いを散策し、休憩所はくつろぎの空間として町民の交流が行われています。しかし、夜になると人通りが途絶え、散策する人や休憩する人はほとんどいなくなります。30メートルごとに設置されている街路灯のあかりは冷たく無機的な印象を与えます。金山町は冬季に数メートルの積雪があるため、低い位置にあかりを設置することはできません。そこで春から秋の間だけでも、夜間も金山らしい風景を感じながら安心して散策してもらえるよう、あかりづくりに取り組むことにしました。

 

町民との協同でのあかりづくり

「街歩き回廊」を構成している、大堰公園、街並み交流広場、八幡神社、八幡公園の4つの施設を中心にあかりづくりを考えました。各施設のあかりを別々に計画するのではなく、道路と広場や公園とを接続し、町全体での統一感が得られることを目指しました。
 

図3水面への映り込みを考慮した八幡公園のあかり

図3 水面への映り込みを考慮した八幡公園のあかり

図4大堰公園の脇にある白蔵のライトアップ

図4 大堰公園の脇にある白蔵のライトアップ

水路や池には、水面の映り込みを考慮しながら小さなあかりを配置していきました(図3)。竹の杭を斜めに打ち込むことによって、できるだけ水面に近い位置にあかりがくるようにしています。点々とした揺れるあかりは、散策する人をいざないます。
 
神社の本殿や鳥居、漆喰の白い土蔵、古くからある大木、金山杉の丸太でつくられた塀など金山町に特有の景観要素をライトアップしました(図4)。水際にある樹木は、水面へはっきりと映り込むようにします。町を流れる水の美しさを反射光によって感じてもらうようにするのです。こうしてライトアップされた情景を「街歩き回廊」の各所につくることで、散策のときの目印にもなります。
 

図5自然素材のシェードで覆った行灯(左)図6金山住宅へのあかりの設置(右)

図5 自然素材のシェードで覆った行灯(左)図6 金山住宅へのあかりの設置(右)

図7町民と学生との協同でのあかりの設置

図7 町民と学生との協同でのあかりの設置

公園に隣接する遊歩道には、住宅の杉板塀が連なっています。ここに手作りのシェードを被せた吊行灯を設置しました(図5)。金山杉の塀のテクスチャと合わせるため、シェードには自然素材を用いています。また、「街歩き回廊」に面する住宅の玄関先や休憩所にも、同じようなあかりを取り付けました(図6)。住民の方々にどこにあかりがあれば良いかを聞き取って、玄関に取り付けたり、通り沿いの軒下に取り付けたり、倉庫の出入り口に取り付けたりしています。こうしたあかりによって、人の暮らす生活感と温かさが通りに醸しだされます。そして公園と住宅との統一感も高まるようになりました。
 
あかりの取り付けは、研究室のメンバーと町民が協力して行いました(図7)。点灯期間は2015年4月30日から9月30日の5ヶ月間です。新たにあかりを追加する代わりに、それまで点いていた街路灯を合計9灯消灯することにしました。

八幡公園の美しい水辺の奥には八幡神社が感じられる。

八幡公園の美しい水辺の奥には八幡神社が感じられる。

 

風景の一体感がもたらすもの。あかりづくりの波及効果

「街歩き回廊」にあかりを設置した後、夜間、この辺りを散策する人々が増えました。大堰公園や八幡公園では、ベンチに座ってくつろぐ風景がみられるようになりました。多くの町民の方から、「夜の町が散策しやすくなった」「道自体は暗いけど、水や緑のあかりに導かれて歩くのが楽しくなった」という声が聞かれました。通りを明るく照らすのではなく周辺の景観をライトアップすることで、安心して散策できるようになったのです。また「公園と住宅のあかりが連続していて町の風景に一体感がある」「団らんする場ができたので、近所付き合いが良くなりそう」という感想も得られました。
 

図8楯山の散策路に自主的に取り付けられたあかり

図8 楯山の散策路に自主的に取り付けられたあかり

さらに、今回のあかりづくりをきっかけとして波及効果も生まれました。大堰公園の北側には金山城跡でもある楯山という高台があるのですが、ここへと登る散策路に照明設備はなく、夜間まったく歩けないような状態でした。ところが公園のあかりに触発されて、2015年7月に町民が自主的にソーラー式照明を設置することになりました。それによってあかりの灯った風景を見下ろすことができるようになったのです(図8)。
 

図9夜の街並み案内

図9 夜の街並み案内

また金山町では、これまでも観光客などに対して、町民の方々による「街並み案内」が行われていました。これは昼間だけに実施されていたのですが、2015年に初めて、夜間にも行われるようになりました。5月から8月にかけて「夜の街並み案内」が合計7回開催されました(図9)。参加者は提灯を持って夜の町を巡ります。夏には水際にホタルが舞うので、人工のあかりと生物のあかりとそして美しい星空を同時に味わうことができるのです。このように、「街歩き回廊」へのあかりづくりをきっかけとして、夜の町を楽しむ人々が増えるようになりました。

 

金山らしいあかりの風景

金山町は、町に水路が巡り、公と私の境界が曖昧で、色々な場所が通り抜けられ、古くからの景観要素が丁寧に維持されています。今回は、ある名所だけをライトアップするのではなく、水路と樹木と通りとそして住宅に、同じ手法を用いたあかりを取り付けました。このことで町の魅力的な風景が夜間にも現れるようになっただけでなく、「公の空間と私の空間」、そして「私の空間と私の空間」があかりでつながるように感じられました。「境界が曖昧」というかけがえのない金山らしさが、夜にもいっそう感じられるようになったのです。
 
2016年の金山町「街歩き回廊」を巡るあかりは、4月下旬から9月末まで設置される予定です。

金山町の鈴木洋町長を囲んで。金山杉のポーズ

金山町の鈴木洋町長を囲んで。金山杉のポーズ