©Kentaro Okumura

日本の首都・東京は、世界でもっとも明るい都市と言われる。夜の闇を克服しようとしてきた人類にとって、明るさは豊かさの象徴でもあった。しかし容易に光を手に入れることができる現代であっても、明るいことは経済活動にとって正解なのか。光は財布の紐を緩めることができるのだろうか。

 

家電量販店、スーパーマーケット、コンビニエンスストア、格安家具店、ドラッグストア、ディスカウントストア、ファストファッション店など薄利多売戦略を取っている店舗では、白い光で店内を明るく照明するのが一般的だ。今回は白い光の経済活動に与える効果をみてみよう。

私たちは虫のように、明るい場所に引き寄せられる

財布の紐を緩めるためには、まず、どのような店があるか、何を売っているかに気づいてもらわなければいけない。街に膨大な店舗がある中で、そこに意識を向けてもらうために光はどう働くのだろうか。

 

私たちは、原宿にあるキャットストリートというブティックと雑貨屋が密集する通りで、歩行者が実際どの店舗に目を向けたのかを調査した。昼7,386人と夜6,918人を対象に、視線の動きを観察したのである1)。

 

その結果、昼間は店舗の種類やブランド、外観のデザインなどに影響を受けることが多かったのに対して、夜間はその店舗のショーウィンドウを通して見える内部の「明るさ」が大きく関わっていることがわかった。つまり、明るい店舗ほど目を向けるのである。特に店から発せられる光の最大値、すなわち全体的な明るさ(平均値)よりも一箇所だけでも強い光があることが関心を引くきっかけとなっていた。

 

夜の街灯の周りを虫が飛び回るように、人間や動物にはもともと光に向かう向光性という本能を備えている。頭で考える前に、光に人は注意が行き、引きつけられるのである。この特性は、地下鉄駅やホテルなどの大規模火災時の人間の避難行動にも表れており2)、安全でない場所にも光がある方向に逃げる者が多かったことが分かっている。そこで、停電時や火災時の視認性が低下する中での緊急避難誘導において、向光性が活用3)されるようになった。

 

商品棚が並べられる店内においても、見て欲しい場所や商品は、周りよりも明るくすると効果的だ。この光の誘引作用は、店内をくまなく周遊してもらうためにも用いられる。入口から遠く離れた壁際を明るくして、そこに人を誘導するのである。

 

 
 

明るく白い光は昼の太陽の模倣―決断を早め行動を促す

明るく照らされた店舗の照明は、ものをよく「見る」ことだけでなく、積極的に行動させることにも働いている。

 

人間にはサーカディアンリズムという24時間を周期として「睡眠-覚醒」を繰り返す生体リズムがあり、これは光によって強化されることが知られている。朝目覚めた時に白く明るい光を浴びると、自律神経が興奮し、身体が活性化状態になりやすい4)5)。逆に光を遮断すると、睡眠を促すメラトニンというホルモンが分泌されやすくなる。明るく白い光は昼間の太陽を模倣しており、こうした光を浴びることで人は行動的になる。

 

買い物には決断が重要で、冷静に考えてしまっては財布の紐が閉ざされることがある。空間を明るくすることで、行動を促す。「お金を払って何かを手に入れる」という決断を早めようとするのである。

 

白色蛍光灯は商品をイキイキと見せ、低価格を演出する

商品を大量に仕入れ、安く販売する量販店では、「賑わっている」「たくさん売れている」という雰囲気が演出される。商品は棚に隙間なく並べられ、壁面は鏡張りで実際よりも何倍にもあるように見せる。色々な商品が一度に目に入るようにすることで、品物が沢山あるように見せるのだ(これを極めたものがドン・キホーテの「圧縮陳列」である)。

 

そして白色の蛍光灯が天井にぎっしりと並べられ空間を煌々と照らしだす。明るく白い光は、商品をはっきりとクリアに見せ、色を鮮やかに見せる。特に若干青みがかった昼光色(色温度は6,000K程度)は、「新しく」「清潔で」「イキイキとした」ものとして感じさせる。そのため、新製品を売りにする家電量販店や、新刊書を扱う書店、最新の流行を取り入れたファストファッション店は白い光で満たされる。

 

一方で、白い光は「気軽さ」「カジュアルさ」の印象を与えやすく、逆に高級感を与えにくい。そして、むき出しの蛍光灯は、内装にお金を掛けていないことの象徴として、空間にチープさを付加しやすい。そのため蛍光灯による白い光は、そこで扱われている商品に対しても「低価格である」「手に入れやすい」という印象を与えることにもなるのだ。

 

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照明の明るい飲食店は回転率が高い

ファストフード店や回転寿司、ファミリーレストランなどカジュアルな飲食店は基本的に白い光で明るく照明される。これは注文の数を増やすと同時に、滞在時間を短くし回転率を上げることに寄与する。コーネル大学の研究者らは、ファストフード店の照明を暗くし、ゆったりとしたBGMに変える実験を行ったところ、客が長居をするようになったという結果を報告している7)。逆に明るい照明でアップテンポのBGMを流した店舗では、早く食事をするようになる。明るい光の中では活発に行動するという性質があり、次の行動を移したいと思うものなのだ。

 

白い照明の効果を高めるには、天井や壁の内装を白くし、床をピカピカと磨きあげたタイルにすることなどがある。座席を高密度に詰めることや、固い座面などを用いて座り心地を悪くすることも、回転率上昇には効果的だ。すなわち「くつろげない」空間とするのである。

 

白いようで白ではない食品売り場の照明

演色性の高い白色光は、太陽光と比較しても、ものが持っている色を忠実に再現する。もちろん正しい色を見せるべきではあるが、売り手としては本来の色よりも鮮やかに見せたい(実力以上の力を発揮したい)と思うものである。フォトショップの「色調補正」機能で画像を色鮮やかに補正するようなことが、照明ではできないのだろうか。

 

実は、スーパーマーケットの中でも鮮度が命の生鮮食品売り場では、光の波長を操作することによって、特定の色をシャープに見せることが行われている。精肉コーナーでは、基本となる白色光から青や黄の成分を抑え、赤の波長成分を増した照明が用いられる6)。肉の赤身が鮮明に出現し、新鮮で美味しそうに感じるのだ。このとき、真っ赤な照明を用いるのではなく、一見すると白い光のように感じられることが肝心である。この光を確認するためには、手をかざしてみれば良い。指先が赤く染まることが分かるだろう。

 

精肉コーナーばかりではない。魚売り場では、青や赤の波長成分を他の色よりも高めて切り身の赤や青魚の皮目の新鮮さをアピールしている。野菜売り場では青や緑の波長成分を高めてみずみずしさを強調し、ベーカリーではオレンジの波長成分を高めて香ばしく焼きあがっていることをアピールする。

 

このように白い光は人を引き寄せ、商品を新鮮に見せ迅速な購入を促し、店の回転率を高める。そして白い光の場合は、煌々と明るければ明るいほどこうした効果も出やすくなることが知られている。冒頭にたてた「明るいことは経済活動にとって正解なのか」という問いの答えは、すくなくとも白い光を使う場合は「正解」なのだ。白い光以外の場合や、暗い店舗空間の効果については、また別の機会に紹介することにしたい。

 

参考文献

  1. 小林茂雄:昼夜の遊歩道における店舗開口部の特徴と歩行者の注視行動との関係 原宿キャットストリートを対象としたケーススタディ、日本建築学会計画系論文集、No.575、pp.77-83、2004.1
  2. 神忠久、渡部勇市、関沢愛:川治プリンスホテル火災における宿泊客の避難行動について、火災、 31(4)、pp.4-12、1981.8
  3. 久保田勝明, 室崎益輝, 高橋一郎 : モデル空間における壁面輝度が避難経路選択に及ぼす影響 : 建物内火災時の避難経路選択時の向光性に関する研究、日本建築学会計画系論文集、No.500、pp.1-7、1997.10
  4. 登倉尋實:光の量と質,その人体生理学上の意義、照明学会誌、84(1)、pp.46-49、2000.1
  5. 勝浦哲夫:光の質で人間の生理反応は影響されるのか、照明学会誌、84(6)、pp.350-353、 2000.6
  6. 河原武義:味わう美味しさを演出する照明 食卓と環境における照明テクニックと効果について、住まいと電化、Vol.11、No.2、pp.20-24、1999.2
  7. BRIAN WANSINK and KOERT van ITTERSUM: FAST FOOD RESTAURANT LIGHTING AND MUSIC CAN REDUCE CALORIE INTAKE AND INCREASE SATISFACTION. Psychological Reports, Volume 111, pp. 228-232, 2012